運動神経系変性疾患


1.筋萎縮性側索硬化症       Amyotrophic lateral sclerosis:ALS   難病中の難病。40〜50歳代の働き盛りの発症が多く、福祉にも恵まれない年代にあたる。   運動神経系が選択的に系統的に障害される。     下位運動ニューロンのみ障害される場合:         脊髄性進行性筋萎縮症         (spinal progressive muscular atrophy: SPMA)     上位運動ニューロンのみの障害:         原発性側索硬化症(primary lateral sclerosis: PLS)     球麻痺症状のみ示すもの:         進行性球麻痺(progressive bulbar palsy: PBP)   と区別することがあるが、症状の出方の違いであり、これらをまとめてALSと総称すること   が多い。病因としては、グアム島、紀伊半島などの   多発地帯での疫学調査から、環境要因が検討されたりしているがわかっていない。 1.症状   筋萎縮・筋力低下:初発症状は、上肢遠位部(手や指)の筋萎縮から始まるものが約半数      を占め、球麻痺や下肢の筋萎縮で始まるものが、1/4ずつを占める。   筋肉の線維束性収縮:脊髄前角細胞の変性により、萎縮した筋肉や一見正常に見える筋肉      にピクツキが認められるようになる。   錐体路症状:上位運動ニューロン障害により、痙性を示し、深部反射の亢進、病的反射出      現をみる。そのため、足がつっぱって歩きにくくなる。   呼吸筋麻痺:進行すると肋間筋、横隔膜の筋力が低下し、呼吸困難をきたす。   球麻痺:延髄の運動神経核の変性により、咽頭・喉頭、舌の筋萎縮・筋力低下をきたし、      発語障害、嚥下障害を呈する。   陰性徴候:感覚障害、眼球運動障害、膀胱直腸障害、褥創は末期まで出現しない。 2.臨床経過   症状の進行スピードは様々だが、手足の痩せが少しずつ進行し、全身の筋力が低下していく。   感覚や意識は最後まで正常であり知能も障害されないのに、発声・発語できず、意志表示で   きなくなる。食事も飲み込めず、呼吸もできなくなる。ついには、人工呼吸器を使用しなけ   れば生きることができなくなる。 3.原因仮説と治療の試み   @興奮性アミノ酸説     興奮性アミノ酸(特にグルタミン酸)の作用が異常に亢進した結果、運動神経細胞の変     性が起こるという説。     治療:グルタミン酸の作用を抑制する治療が試みられている。       ・側鎖型アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)の投与:無効       ・スレオニン:無効       ・グルタミン酸レセプター抑制:デキストロメトロファン:無効       ・グルタミン酸遊離抑制剤:リルゾール(延命効果を期待)   A免疫異常説     治療:免疫抑制剤:アザチオプリン、シクロフォスファミド、シクロスポリン        免疫グロブリン、骨髄・リンパ系の放射線照射   (いずれも無効)   B運動神経細胞栄養因子欠乏説     治療:神経細胞栄養因子の投与       ・毛様体神経細胞栄養因子(ciliary neurotorophic factor: CNTF)       ・脳性神経細胞栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor: BDNF)       ・グリア細胞性栄養因子(Grial cell line derived neurotrophic factor: GDNF)       ・インスリン様栄養因子T(IGF-T)       動物実験では効果が期待されたが、副作用の問題が大きい。(臨床試験中)   Cフリーラジカル説     フリーラジカルの異常増加が神経細胞に障害を与える。     家族性ALSの一部(20%)にsuper oxid dimutase (SOD:フリーラジカルを分解する酵素)     の遺伝子異常がある。(21番染色体)     家族性ALSは常染色体優性遺伝で、遺伝子異常の研究がしやすく、研究が進んでいるが、     すべての家族性ALSがSOD遺伝子異常を示すわけでなく、SOD異常と病気の発症がどう結び     ついているかも不明。さらに、孤発性ALSではフリーラジカル異常は見いだされていない。 4.問題点    治療の試みは進んでおり、リルゾールが治験を終了し、近日中に治療薬として供給される。    この効果に期待したいが、あくまで延命効果があるかというレベルである。現実的には、    今後も対症療法が主体には違いない。病名告知の問題、人工呼吸器の問題、精神的支援の    問題など解決しなければならない問題は数多い。在宅で人工呼吸器を使用して頑張ってい    る家庭も多くなっているが、経済的・人的に恵まれ、福祉環境も充実しているという場合    に限られる。ALSの在宅システムが確立されるなら、当然他の難病患者にも応用できよう。 2.脊髄性進行性筋萎縮症      spinal progressive muscular atrophy: SPMA    2次ニューロンのみの障害のもの。しかし1次ニューロンの障害がない例は非常にまれで    あり、欧米ではALSとして広義にまとめている。典型的ALSに比して経過は緩やかなものが    多い。 3.進行性球麻痺 progressive bulbar palsy: PBP    延髄の運動神経核の障害(構音障害、嚥下障害、舌萎縮)で始まるもの。    典型的ALSに比して経過が早い。 4.遺伝性脊髄性筋萎縮症 spinal muscular atrophy: SMA @ Werdnig-Hoffmann病(SMA1, SMA2)    生直後〜乳児期発症。早期発病ほど重篤。数ヶ月〜数年で死亡する例が多い。    軽症例は成人期まで生存するが関節変形、拘縮、脊柱変形が高度。    常染色体劣性遺伝。第5番染色体に遺伝子座がある。    保因者は60〜70人にひとり A Kugelberg-Welander病(SMA3)    発症は2〜17歳、腰帯筋、下肢近位筋の筋力低下で発症。その後上肢近位筋が障害される。    近位筋優位の障害で、筋ジストロフィーとの鑑別が重要。進行は緩徐。    常染色体劣性遺伝。遺伝子異常はWerdnig-Hoffmann病と共通 5.球脊髄性筋萎縮症(Kennedy-Alter-Sung症候群)    X染色体劣性遺伝。成人期発症の近位筋優位の筋萎縮・筋力低下を示す。筋肉のけいれん    や、振戦(ふるえ)、ホルモン異常を示す。X染色体にある男性ホルモン受容体遺伝子に    CAG繰り返し配列を示す異常が見られる。 6.若年性一側上肢筋萎縮症(平山病)    この病気は、筋萎縮は主に手、前腕に限局し、進行がほとんど見られない疾患として、    1959年に平山らによって報告された。男に圧倒的に多く、発症年齢は、12〜22歳、1〜3年間    で進行が停止する例が多いが、さらに数年間ゆっくりながら進行する例もある。原因としては、    首を前屈したときに頚髄が脊柱管前面に圧迫され、運動神経細胞がある脊髄前角が傷害される    ものと考えられている。首を前屈しないよう頸椎カラーなどが用いられる。


末梢神経の変性疾患


1.遺伝性運動感覚性ニューロパチー      hereditary motor and sensory neuropathy: HMSN    HMSN T型:常染色体優性遺伝(Charcot-Marie-Tooth病:脱髄型)         TA:第17番染色体(ほとんどがこの型)         UB:第1番染色体    HMSN U型:常染色体優性遺伝、劣性遺伝(Charcot-Marie-Tooth病:軸索障害型)    HMSN V型:常染色体劣性遺伝(Dejerine-Sottas病:肥厚型)    HMSN W型:Refsum病    HMSN X型:痙性対麻痺    HMSN Y型:視神経萎縮を伴う    HMSN Z型:網膜色素変性を伴う 2.Charcot-Marie-Tooth病   (腓骨筋萎縮症:peroneal muschlar atrophy)    発症年齢:0〜20歳代が多い。    症状:下肢遠位部により高度な筋萎縮・筋力低下。前脛骨筋の麻痺→垂れ足       大腿遠位部1/3以下の筋萎縮が著明→逆シャンペンボトル様、こうのとりの足様       上肢筋萎縮は手に限局することが多い。       凹足。自覚的な感覚障害は少ない。    検査所見:CPKは正常〜軽度上昇。       神経伝導速度は低下群と正常群(振幅低下)に分けられる。    病理所見:脱髄と再生を示す型(伝導速度低下群) HMSNT型         軸索変性型(伝導速度正常・振幅低下) HMSNU型    経過:進行は緩やか。    参考:遺伝子異常の研究が進んでおり、peripheral myelin protein22 (PMP22)遺伝子、       P zero protein (P0)遺伝子、early growth response 2 (EGR2)遺伝子などの       遺伝子異常を示す例が知られ、遺伝子異常による分類もされるようになった。       遺伝子異常には、重複型、点変異型、欠失型、変異型などがある。 3.Dejerine-Sottas病(肥厚性間質性ニューロパチー)    末梢神経の肥厚が特徴。皮膚上から触れる。小児期発症。神経神経伝導速度著明低下。      病理学的にはonion bulb形成が顕著。四肢遠位部に感覚障害、痛み、筋萎縮・筋力低下、       変形をきたす。 4.家族性アミロイドポリニューロパチー         familial amyroid polyneuropathy: FAP    アミロイドという特殊蛋白質が全身の臓器・組織に沈着するアミロイドーシスのうち、     末梢神経・自律神経組織にアミロイドが高度に沈着し、障害を起こすものをいう。異常     なプレアルブミン(トランスサイレチン)が沈着。    常染色体優性遺伝。日本では熊本県、長野県での大家系が知られている。    20〜30歳代発症。左右対称性に下肢末梢より上行、温痛覚の障害から始まり深部感覚は     末期まで保たれる。感覚障害に遅れて筋萎縮・筋力低下が進行。インポテンツ、発汗障      害、下痢・便秘、尿失禁等の自律神経症状を合併する。    神経組織に沈着するトランスサイレチンは肝臓で作られるので、肝移植により正常な肝    臓に取り替えることが治療として試みられている。日本では生体肝移植として実施され    ている。    切り取った患者の肝臓は他の重篤な肝臓病患者に移植しようという「ドミノ移植」が話    題となった。