意識障害



1.意識維持の生理的機構

   体の各部からの感覚神経の入力は脳幹を上行するときに、大脳皮質に向かう主経路
   の他に、一部は脳幹網様体に伝えられる。網様体は視床に線維を送り、さらに視床か
   ら大脳皮質に広く 感覚刺激を伝える。これによって大脳皮質は末梢から絶えず刺激
   を受けることになり、神経細胞の活動性が高められ、大脳皮質に活力を与え維持され
   る。これを上行性網様体賦活系という。 
   (また視床下部には睡眠・覚醒の基本リズムをつくる機能がある。:視床下部賦活系)

   この系のどこかに障害があると意識の清明度の低下(意識混濁)が起こり、外界の刺
   激に対する反応性や自発的活動性の低下が起こる。主に脳幹部の障害が原因となる
   ことが多い。一方投射を受ける大脳皮質そのものが障害された場合、外界の刺激の
   認知やそれに対する反応性が障害され、正常とは異なった行動をとる。軽い意識混濁
   の上に異常な精神活動がみられ、多動的になる。これは意識内容の変化(意識変容
   と表現される。

   また、外界からの刺激が減ると網様体賦活系の機能低下が起こり、眠くなる。
   人工的に感覚を遮断すると自分で起きているか眠っているか分からなくなる。
     →感覚遮断性幻覚
   意識障害とは離れるが、洗脳やマインドコントロールと呼ばれるのも、人為的に感覚情
   報を操作された結果である。

   意識維持に重要な脳幹網様体からは、筋肉の緊張を調節する経路もあり、脳幹網様体
   異常で筋緊張が維持できなくなることがある。急な驚きによる腰抜けなどはこのためであ
   る。


2.意識障害とは

  @意識の清明度の低下(狭義の意識障害)

    一過性:失神
    持続性:傾眠、昏迷、半昏睡、昏睡の順に高度になる。

  A意識内容の変化

    せん妄:軽度の意識混濁の上に精神運動性興奮、幻覚、誤認、不安などが強く現れ、
         抑制のとれた混乱した言動が見られる状態。
         老人で夜間に生じることがあり、夜間せん妄と呼ぶ。
    もうろう状態:軽い意識障害で意識の狭窄した状態。全般的な認知・判断・思考が
         低下。

  B特殊な意識障害

    無動性無言:自発的な運動や発語が全くなく、反応を示さないが、眼は動かし追視し
         たりする。痛み刺激に対しての逃避反応は見られる。睡眠・覚醒のリズムは
         保たれる。眼は動かし瞬目する。
         脳幹・視床の病変による網様体賦活系の部分的障害による。病変部位に対
         応した神経症状・麻痺症状を示す。脳波は意識障害としての所見。
         回復しうる状態であり、植物状態とは異なる。

    失外套症候群:大脳皮質の広汎な機能障害によって不可逆的に大脳皮質機能が
         失われた
状態。眼は動かすが、無動・無言の状態。睡眠と覚醒の調節は保
         たれる。

    遷延性植物状態:いわゆる「植物状態、植物人間」。単に状態を表現した言葉で、
         障害部位、原因はさまざまである。覚醒しているに関わらず大脳の精神活動
         を全く行っていない状態。脳幹機能は保持。

  C鑑別すべき状態

    閉じこめ症候群:眼は動かすが無動・無言。四肢の完全麻痺。橋底部の梗塞性病
         変によるものが知られている。動眼神経、滑車神経は保たれるので眼は動く
         が、それ以下の運動神経系は遮断されるので顔面・咽頭・四肢は全く動かな
         い。感覚系は保たれ、網様体賦活系は障害されないので意識は清明。睡眠・
         覚醒のリズムはあり、脳波は正常。

  D脳死とは

    大脳・脳幹を含めた脳機能が不可逆的にすべて失われた状態。植物状態とは全く異
    なる。当然深昏睡であり、脳幹反射は失われ、自発呼吸はない。脳波は平坦。こうい
    う状態が不可逆的に持続していることを確認してはじめて「脳死」と判定される。大脳・
    脳幹が生きていないということをいかに正しく判定するかが問題である。脳死の判定
    基準、脳死を人の死としていいか、などの問題が臓器移植とからんで社会問題となっ
    た。
     


3.意識障害の原因

   大脳や脳幹を直接障害する頭蓋内疾患の他に、脳神経機能を二次的に障害させる種
   々の全身性の異常が原因となる。

   頭蓋内病変:脳血管障害、脳腫瘍、脳外傷、脳炎、髄膜炎など
   全身性病変:循環器・呼吸器疾患による脳の低酸素、電解質・浸透圧異常、
               糖代謝異常(高血糖・低血糖)、内分泌異常、薬物中毒  など      
   

4.意識障害患者のみかた

  @全身状態の把握
    生命徴候(vital sign)のチェック:呼吸、脈拍、血圧、体温
    救命救急処置と並行して進める。
  A情報収集:発症の状況、既往歴、基礎疾患
  B意識レベルの判定:意識障害の種類と程度を判定する。
    開眼しているか、呼びかけに答えるか、刺激に反応するか。
    意識混濁か意識変容か。
    3-3-9度方式
    グラスゴー・コーマ・スケール
  C麻痺症状、脳局所症状の有無
  D眼球運動、瞳孔、各種反射:脳幹の反応があるか重要
  E呼吸の型
    チェーンストークス呼吸:過呼吸と無呼吸を繰り返す。
    中枢神経原性過呼吸
    失調性呼吸