1.進行性筋ジストロフィー
Progressive muscular dystrophy:PMD
筋ジストロフィーとは、骨格筋の変性・壊死を主病変とし、臨床的には進行性の筋力低下をみる遺伝性の疾患と定義される。筋肉が萎縮し筋力低下を来す原因としては筋肉そのものに原因がある場合(筋原性)のほか、筋肉に異常はないが筋肉に脳からの命令を伝える運動神経系に異常があって、筋肉が働けなくなり、筋萎縮を来す場合(神経原性筋萎縮症)がある。このうち筋ジストロフィーは筋原性疾患の代表である。
進行性に筋萎縮をきたす疾患
2.筋ジストロフィーの分類
診断は、臨床症状、診察所見、経過、家族歴の他、血液検査、筋電図検査、筋生検などを総合してなされる。病型によっては、遺伝子(DNA)検査で確定診断可能。血液検査では、CK,
LDH, GOT, GPT,アルドラーゼなどの筋細胞由来の酵素が高値となる。
(1) Duchenne型筋ジストロフィー
Duchenne muscular dystrophy:DMD
X染色体劣性遺伝、通常男児のみ発症。女性は保因者となり、男児をもうけたとき1/2
の確率で発症。筋ジスの中でも頻度が高く、出生男児3400人に1人の発生率。10万人当たりでは2.5〜3人(全国で約3000人)の頻度。1/3 は突然変異による発症で、遺伝歴不明である。
症状:2〜5歳で、転倒しやすい、動揺性歩行、階段昇降困難等で発症。近位筋優位の筋障害分布。腓腹部などが堅く肥大することがあるが、これは脂肪組織の浸潤であり筋が肥大するわけでないので、仮性肥大と呼ぶ。床から起きるとき、床→膝→大腿と手で支えながら立ち上がる(登はん性起立、Gowers徴候)。進行とともに四肢関節拘縮、脊柱変形をきたす。10〜12歳頃には歩行困難で車椅子生活。胸郭変形、心筋の障害等に伴って、呼吸機能、心機能の低下が次第に強くなり、20歳前後で肺炎、呼吸不全、心不全等で死亡するとされる。近年は、人工呼吸器の使用、全身管理の技術向上により延命が図られるようになり、確実に寿命は延びている。
病因:筋の細胞膜を形成する蛋白質のひとつであるジストロフィンが欠損し、筋細胞がこわれることが原因。ジストロフィン蛋白を作らせる遺伝情報(ジストロフィン遺伝子)はX染色体にあり、その異常が解明されている。
(2)Becker型筋ジストロフィー
Becker muscular dystrophy:BMD
発症は5〜15歳とDMDに比し遅く、経過はゆるやか。歩行不能は、20歳代後半以降が多い。近位筋優位の筋力低下を示し、下腿の仮性肥大もみられる。知能は正常。病因はDMDと同様X染色体上のジストロフィン遺伝子の欠失による。DMDでは、ジストロフィン蛋白が完全に欠損し重症化するのに対し、本症では欠失の仕方の微妙な違いから、ジストロフィン蛋白は完全に欠損せず、質的・量的な異常を呈するものの筋障害は軽くすみ、比較的緩徐な経過をとる。
(3)肢帯型筋ジストロフィー
Limb-Girdle type muscular dystrophy:LG
常染色体劣性遺伝が多いが、孤発例も多く、優性遺伝の例もある。10〜20歳代の発症が多く、上下肢の近位筋の障害から始まる。この部位は上肢帯あるいは下肢帯と呼ばれ、肢帯型というのはこれに由来する。本症は四肢近位筋優位の障害分布をとり、他の病型に分類されない筋ジスを広く包含し、病因的には均一な疾患単位でなく、種々雑多な疾患が含まれている可能性がある。最近種々の病型が分離されてきている。
常染色体劣性遺伝を示すものは、進行の緩やかないわゆる肢帯型筋ジストロフィーがほとんどだが、小児期に発症し、DMDと同様の経過を示す重症型もある。(サルコグリカン異常症)さらに、遺伝形式と遺伝子異常による再分類が進められており、常染色体優性遺伝形式のものをLGMD1、常染色体劣性遺伝形式のものをLGMD2とし、遺伝子座位が明らかになった順に、A、B、C、D を付けて分類が進められ、その原因蛋白質の解明も進められている。
(4)顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー
Facio-scapulo-fumeral muscular dystrophy:FSH
常染色体優性遺伝。第4番染色体長腕に遺伝子座。原則として両親のどちらかが病気であるが、両親が全く正常で突然変異による発症と考えられる例が30%ある。病名のように顔面、肩甲部、肩、上腕を中心に障害される。進行すると腰や下肢の障害も生じ歩行困難となることもある。顔面筋の障害により閉眼力低下、口輪筋障害(口笛吹けない)などを来たし、独特の顔貌(ミオパチー顔貌)を呈する。肩や上腕の筋萎縮が高度なのに比し前腕部は比較的保たれるため、ポパイの腕と形容される。下肢の障害は、下腿に強いもの、腰帯・大腿に強いものなどいろいろである。CK上昇は軽度である。比較的良性の経過をたどり、進行すると腰や下肢の障害も生じ歩行できなくなることもあるが、生命に関しては良好な経過をとる。筋症状以外では、感音性難聴、網膜血管異常の合併が高率であり、まれに精神遅滞やてんかんの合併がある。
(5)福山型先天性筋ジストロフィー
Fukuyama type congenital muscular dystrophy:FCMD
常染色体劣性遺伝で、男女とも発症。小児の筋ジスでは DMDに次いで多く、DMDの約1/3の頻度で10万人当たり約2〜4人。両親は保因者であるが、有病率から計算すると、日本人では80人に1人が保因者。第9番染色体長腕31領域に遺伝子座があり、その部位に異常な遺伝子(レトロトランスポゾン)の挿入がみられる。日本人のFCMDはひとりの祖先から由来し、日本人の隔離集団の中で、レトロトランスポゾン挿入福山型染色体が全国に広がったものである。また、レトロトランスポゾン挿入がみられない場合は、点変異による遺伝子異常がある。本来この遺伝子部位が作るべき蛋白質はフクチンと命名された。基底膜に関係するものと推測されるが、その機能は不明。このフクチン遺伝子を調べることで筋生検しなくとも確定診断することが可能。
症状としては、生下時あるいは出生後数ヶ月以内に「首がすわらない」「ミルクの飲みが悪い」「お座りが遅い」など筋緊張低下、筋力低下で気付く。幼児期までは、成長に伴う運動発達もあり、運動機能の改善が多少なりともみられる。歩行を獲得できる良性型もあるが、原則として歩行は獲得不可。四肢・手指の関節拘縮を早期に来す。顔面筋、頚部筋の筋萎縮のため特有の顔貌を呈する。中枢神経系の障害も伴い、全例高度の知能障害を来す。半数以上に熱性痙攣がみられる。脳皮質の奇形(小多脳回)や白質病変などが注目される。また、DMDと同様に、10歳すぎくらいから、心筋障害による心不全が問題になることもある。
非福山型先天性筋ジストロフィー
non-Fukuyama type congenital muscular dystrophy:nonFCMD
生下時あるいは生後数ヶ月以内に発症する筋ジスを先天性筋ジストロフィーと総称する。この中には脳形成障害(知能障害)を伴うものと伴わないものがあり、前者の代表が福山型先天性筋ジストロフィーである。後者は非福山型先天性筋ジストロフィーと総称する。この中には、様々な病型が存在し、重症から軽症までいろいろである。この中にメロシン欠損症(遺伝子座は第6番染色体長腕)などが含まれる。
(6)筋強直性(筋緊張性)ジストロフィー
Myotonic dystorophy:MyD
常染色体優性遺伝で男女とも発症。両親のどちらかが患者。人口10万人当たり5人程度と成人の筋ジスでは最多。10〜30歳代の発症が多く、筋緊張症(ミオトニア:筋が弛緩しにくい。たとえば手を握ると開きにくい。)が特徴。顔面、頚部、四肢遠位部から発症する。白内障、禿頭、心筋伝導障害(心電図異常)、内分泌障害(糖尿病やホルモンの異常)、知能障害など多彩な症状を示す。顔面筋が障害され頭が禿げたりして特有の顔貌を示す。知能障害のため精神薄弱者施設にいることもある。症状が軽く、診断されないまま一生を送る例もある。本症は多彩な合併症があるため、筋症状以外の全身症状にも注意しなければならない。特に心臓の伝導障害による突然死も時にあり、ペースメーカー植え込みが必要な場合もある。
本症は第19番染色体に遺伝子座(MT-PK:myotonin protein kinase)があり、DNAの中にCTGという3つの塩基配列が繰り返しみられる部位(triplet
repeat)があり、その繰り返し(repeat)が患者では増大している。正常では3〜35repeat であるが、患者では
50〜3000repeatにも増大する。この repeat数を調べることで遺伝子診断が可能であり、さらにこの繰り返し数が多いほど発症年齢が早く、重症化しやすいことが知られている。
先天性筋強直性ジストロフィー Congenital myotonic dystrophy
母親が筋強直性ジストロフィーで、筋ジスの子が生まれた場合、新生児期から重篤な筋力低下を示す場合があり、これを先天性筋強直性ジストロフィーと呼ぶ。胎児期に、母親から何らかの体液性因子が働いて、発育が障害されたものと考えられている。出生当初は人工呼吸管理を要するほど重篤であっても、新生児期を過ぎると症状は改善傾向を示し、2〜3歳で歩行も獲得される。しかし、知能障害は改善されない。小児期は成長に伴い、運動機能の発達がみられるが、成人期になれば、通常の筋強直性ジストロフィーとしての経過をたどるので、次第に機能障害が進行していく。一時的にも症状の改善がみられるという点では、特異的な病気。通常の筋強直性ジストロフィーとしての経過の上に、胎児期に別のファクターが加わったために、特異な経過をたどるのではないかと考えられる。
(7)遠位型ミオパチー distal myopathy
筋ジス一般は、近位筋優位の障害を示すが、指、前腕、下腿などの遠位筋から障害される筋原性疾患を総称して遠位型ミオパチーと呼ぶ。いろいろ病型があるが、日本では次の2型が知られている。
1)rimmed vacuole(RV)型遠位型ミオパチー
常染色体劣性遺伝。第9番染色体に遺伝子座がある。15〜40歳の若年発症が多い。つま先に力が入らない、スリッパが脱げやすい、階段昇降しにくい等で初発。前脛骨筋(つま先を上げる筋)の障害が強く、「垂れ足」を呈する。発症10年以内に歩行困難となる。上肢も手指の障害から進行。筋組織にrimmed
vacuoleと呼ばれる空胞があるのが特徴である。
2)三好型遠位型筋ジストロフィー
常染色体劣性遺伝。10〜30歳の若年者に発症し、腓腹筋の障害が強く、つま先立ちできないのが特徴。特有の立ち上がり方をする。予後は比較的良好。筋組織は筋線維の壊死、再生、脂肪組織、結合織の増生があり、CK値も非常な高値を呈する。第2番染色体に遺伝子座がある。原因蛋白質はdysferlinと命名された。この蛋白質は細胞膜にあることが解明されているが、肢帯型筋ジストロフィーの中にもこの蛋白質の異常を呈する例があり注目されている。
(8)眼咽頭型筋ジストロフィー
oculopharyngeal muscular dystrophy: OPMD
常染色体優性遺伝。第14番染色体長腕に遺伝子座。発症は中年以降(40歳以降)で、眼瞼下垂、眼球運動障害、嚥下障害が徐々に進行する。眼症状主体で、嚥下障害のない例(眼筋型)もある。四肢筋はあまり侵されないが、進行すると、顔面筋、四肢近位筋も障害され、起立・歩行障害も生じる。筋組織では、DMD
でみられるような壊死・再生像は少なく、rimmed vacuoleを認め、RV型遠位型ミオパチーとの関連が議論さている。また、両者の中間的な、眼筋・咽頭筋と四肢遠位筋とを障害する眼咽頭遠位型ミオパチーという病型もある。
(9)Emery-Dreifuss型筋ジストロフィー
Emery-Dreifuss muscular dystrophy:EDMD
X染色体劣性遺伝。遺伝子座はX染色体長腕にあり、原因蛋白質はエメリンと命名された。幼小児期の発症。脊椎や四肢の関節拘縮が特徴で、頸部前屈制限、肘関節伸展制限、尖足、上肢近位筋を中心とする筋萎縮などをきたす。進行は緩徐で、歩行不能はまれである。徐脈や不整脈、心電図異常なども伴うことが特徴である。特に、心伝導ブロックによる突然死例もあり、ペースメーカーの植え込みなども検討する。
(10)先天性非進行性ミオパチー
congenital nonprogressive myopathy
生下時あるいは乳児期早期から筋緊張が低下し、運動障害を示す筋原性の疾患を先天性ミオパチーと総称する。その中には、前述した福山型を代表とする先天性筋ジストロフィーも含まれる。この先天性ミオパチーの中で、非進行性で病理学的に特徴ある所見を呈する疾患群を先天性非進行性ミオパチーと呼ぶ。病理学的特徴(筋組織の顕微鏡所見の特徴)から、ネマリンミオパチー、セントラルコア病、ミオチューブラーミオパチー、先天性筋タイプ不均等症などの病型が分けられるが、筋組織像から分類しただけであり、臨床症状では区別がつけられない。病名の通り非進行性で、良性の経過をとることが多いが、乳児期に死亡する重症型もある。
(11)ミトコンドリアミオパチー mitochondrial myopathy
ミトコンドリアは、細胞内でエネルギー産生に関与する重要な小器官であり、この異常により、エネルギーが十分作られず、筋肉の機能障害を示す疾患がミトコンドリアミオパチーである。ミトコンドリアの異常があるとき、筋症状だけでなく、眼球運動障害、聴力障害、けいれん、不随意運動などいろいろな中枢神経症状を伴うので、ミトコンドリア脳筋症とも称される。
ミトコンドリアには細胞の核とは別に独自の DNA(ミトコンドリアDNA:mtDNA)が5〜10個存在し、ミトコンドリア内の電子伝達系酵素を作っている。細胞内のミトコンドリアはすべて卵子由来(母由来)であり、ミトコンドリアDNA
の異常によって起こるミトコンドリア脳筋症は母からの遺伝である。異常なmtDNA(変異mtDNA)の割合はそれぞれの細胞毎に異なり(ヘテロプラスミーと呼ぶ)、変異mtDNA
の割合が一定レベル以上になるとその細胞が傷害されるものと考えられている。下記がその代表的疾患である。
a.Kerns-Shy症候群(KSS)
外眼筋麻痺、網膜色素変性、心ブロックを3主徴とし、その他、四肢筋障害、知能低下、小脳失調、難聴など、種々の症状を伴う。3主徴が揃わない不全型もある。従来慢性進行性外眼筋麻痺と称された疾患群の中に本症が含まれる。ミトコンドリアDNAの欠失が明らかにされている。
b.高乳酸血症・卒中様症状を伴うミトコンドリア脳筋症(MELAS)
ミトコンドリアミオパチー、脳症、高乳酸血症、脳卒中様発作が特徴で、精神・身体発達障害、頭痛、発作性嘔吐、痙攣発作の他、片麻痺、同名半盲、失語症などの脳卒中様発作を伴う。ミトコンドリアDNAの点変異が知られている。
c.Ragged-red figerを伴うミオクローヌスてんかん(MERRF:福原病)
ミトコンドリアミオパチー、ミオクローヌスてんかん、小脳失調、知能低下、視神経萎縮、難聴などを伴う。ミトコンドリアDNAの点変異が知られている。
(12)代謝性筋疾患 metabolic myopathy
筋ジスとは異なるが、先天性代謝異常の中に、筋症状を呈し、筋ジス類似の臨床症状を示す場合があるので、参考までに記しておく。
1)糖原病
糖原(グリコーゲン)代謝に関わる酵素の先天的異常。糖原代謝は主に肝臓と骨格筋で行われ、肝臓や筋肉の障害が起きる。欠損酵素の違いから8種類に分けられる。このうち骨格筋症状中心の病型を筋型と呼ぶ。筋型には、U型(酸性グルコシダーゼ欠損:Pompe病)、V型(脱分枝酵素欠損)、W型(筋ホスホリラーゼ欠損:McArdle病)、Z(ホスホフルクトキナーゼ欠損:垂井病)などがある。病型により症状は異なるが、生後早期から筋症状が強くて死亡する例や、小児期、成人期に発症して、DMDや肢帯型筋ジスに類似した症状を呈する例がある。
2)脂質代謝異常
カルニチン欠損症が代表。脂肪の分解・代謝に必要なカルニチンの欠損により、脂質がエネルギー源として利用できなくなる。全身型、筋型があるが、筋型は肢帯型筋ジス類似の症状を呈する。カルニチンの経口投与で治療可能である。
(13)神経原性筋萎縮症
筋の一次的異常ではなく、筋ジスと分けて考えるべきであるが、同様の臨床症状、経過を呈し、区別も難しいので、ここで述べる。遺伝性のものとしては、次に示す病型がある。
1)乳児脊髄性筋萎縮症:急性型(Werdnig-Hoffmann病)
脊髄性筋萎縮症type1(SMA1)
胎内あるいは生後3ヶ月以内に発症する典型的な Werdnig-Hoffmann病を指す。胎動微弱、哺乳力低下、呼吸困難など生後早期に発症し、急激に進行する。多くは1歳未満で死亡。常染色体劣性遺伝。両親が保因者。発症は出生2万人に1人。保因者は60〜80人に1人の頻度。第5番染色体長腕に遺伝子異常が存在する。原因遺伝子としては、運動神経細胞生存遺伝子(SMN遺伝子)、神経細胞アポトーシス抑制蛋白遺伝子(NAIP遺伝子)の2つの遺伝子の異常が想定されている。
2)小児脊髄性筋萎縮症:中間型(Werdnig-Hoffmann病)
脊髄性筋萎縮症type2(SMA2)
上記SMA1の良性型で遺伝子座も同様。発症は6ヶ月前後が多く、SMA1に比して経過は緩徐。坐位を維持できる例もあるが、起立・歩行は不可能。筋力低下は近位筋のに著明。関節拘縮が年齢とともに進行。脊柱変形(側弯)が高頻度かつ高度。
3)若年型脊髄性筋萎縮症:慢性型(Kugelberg-Welander病)
脊髄性筋萎縮症type3(SMA3)
遺伝子座は第5番染色体にあり、病因はWerdnig-Hoffmann病と同様。発症は遅く、歩行を獲得した後に発症。経過は非常にゆっくりであり、生命的な予後は良い。症状は歩行異常、近位筋優位の筋力低下であり、外見上は筋ジスと必ずしも区別できない。
4)遺伝性運動・感覚性ニューロパチー
hereditary motor and sensory neuropathy: HMSN
Charcot-Marie-Tooth病がその代表。常染色体優性遺伝あるいは劣性遺伝。小児期〜思春期に発症。下肢の遠位筋から発症し、大腿部に比して下腿の萎縮が高度であり、足の変形も伴う。「こうのとりの足」とか「シャンペン瓶を逆さにしたような」とか形容される。歩行は垂れ足となり、その後手や前腕筋の障害が出てくる。
5)球脊髄性筋萎縮症 Kennedy-Alter-Sung症候群:KAS
X染色体劣性遺伝。成人期発症の近位筋優位の筋萎縮・筋力低下を示す。筋肉のけいれんや、振戦(ふるえ)、ホルモン異常を示す。X染色体にある男性ホルモン受容体遺伝子にCAG繰り返し配列を示す異常が見られる。
3.筋ジス研究の進歩
(1)DMD遺伝子の発見(1985年〜)
X染色体上のDMDに関係する遺伝子を単離し、そのDNAの塩基配列を1個1個決定した。その結果、DMDに関係する遺伝子は、70個以上のエクソン(遺伝子の集まり)が2300-2500kb(遺伝子の長さを表す単位)もの範囲に渡って存在する巨大遺伝子であることが分かり、患者ではこの遺伝子に欠損があることが判明した。
(2)ジストロフィンの発見(1987年〜)
DMD筋で微量の蛋白質欠損を発見。この蛋白質をジストロフィンと命名した。DMD患者で欠損している遺伝子はこのジストロフィンを作るための遺伝子である。ジストロフィンは筋細胞の細胞膜の支持、安定に関わる重要な構造物で、これが欠損すると細胞膜が破壊され筋細胞が崩壊する。
(3)筋細胞膜蛋白質の解明
ジストロフィン以外の筋細胞膜蛋白も解明され、ジストロフィン結合蛋白質と総称される。ジストログリカン複合体(α、β)、サルコグリカン複合体(α、β、γ、δ)、シントロフィン複合体などがある。基底膜−αジストログリカン・βジストログリカン−ジストロフィン−アクチン という架橋構造形成する。(dystrophin-glycoprotein
complex :DGC)基底膜と細胞骨格成分であるアクチンを結合しており、筋細胞膜の安定性に重要である。(サルコグリカンはジストログリカンと結合)
この固定が失われると筋収縮に際して細胞膜が傷つく。→筋細胞障害
(4)基底膜蛋白質の究明
ラミニン(メロシン)という蛋白が先天性筋ジストロフィーで障害されることが分かった。
(5)カルパイン異常による筋ジストロフィー
肢帯型筋ジスの中で、細胞質内のCa2+依存性中性プロテアーゼである calpain
3 の異常による筋ジスが発見された。:LGMD2A(遺伝子座は15番染色体長腕:15q24)
(6)新しい分類の提唱(原因蛋白質による分類)
ジストロフィンの異常:ジストロフィン異常症 dystrophinopathy(DMD/BMD)
サルコグリカンの異常:サルコグリカン異常症 sarcoglycanopathy
メロシンの異常 :メロシン異常症 merosinopathy
カルパインの異常 :カルパイン異常症 calpainopathy
ディスフェルリンの異常:ディスフェルリン異常症 dysferlinopathy
(7)その他の筋ジスの遺伝子座の解明
a.福山型先天性筋ジストフィー:9番染色体長腕(9q31):原因蛋白質をフクチンと命名
b.非福山型(メロシン欠損型):6番染色体長腕(6q2)
c.エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー:X染色体長腕(Xq28):原因蛋白質:エメリン
d.顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー:4番染色体長腕(4q35)
e.筋強直性ジストロフィー:19番染色体長腕(19q13.3):MT-PK(myotonin protein kinase)
f.三好型遠位型筋ジストロフィー:2番染色体短腕(2p13):dysferlin
g.Rimmed vacuole 型遠位型ミオパチー:9番染色体
h.脊髄性筋萎縮症:5番染色体長腕
4.治療の進歩と問題点
(1)これまでの治療の試み
蛋白同化ホルモン、成長ホルモン、カルシウム拮抗剤、蛋白分解酵素阻害剤(ベスタチン、E-64:EST)、ダントロレンナトリウムなど種々の治療が試みられたが無効。現在グリチルリチン、副腎皮質ホルモンであるプレドニゾロンの使用が試みられている。投与初期に進行抑制の効果はあるが持続しない。
(2)対症療法
1)リハビリテーション(機能訓練、装具)
1.機能障害の進行予防(筋短縮、関節拘縮、脊柱変形の予防)
ストレッチ、関節可動域(ROM)の維持・拡大訓練、筋力維持訓練、基本動作訓練、日常生活の中の運動などが重要である。下肢の拘縮は立位・歩行に影響を及ぼし、上肢の拘縮は起き上がり動作や手指機能に影響を及ぼし運動機能低下を助長する。徒手による他動的ストレッチを基本として、起立台等併用しながら訓練する。拘縮を原因として歩行不能になったり、脊柱変形の原因になったりするので、慎重に対応する必要がある。運動しない事による筋力低下(廃用性筋力低下)を予防するため、機能に応じた基本動作を行うことが重要であり、歩行・立位期間をできるだけ長く保つことが脊柱変形予防、二次的心肺機能低下を防ぐ上で非常に重要である。
2.機能障害に応じた装具、車椅子、介護機器の導入
@長下肢装具
歩行不能以降急激に脊柱変形が進行する。装具起立は、関節拘縮予防、脊柱変形予防の上で重要である。
A体幹装具
硬性コルセット、軟性コルセットなどがある。実際は装具による側弯予防は困難だが、支持性を向上させたり、進行を遅らせたりするる効果はある。
B車椅子
リフト式、リクライニング式、ストレッチャー型など、機能・体型・体格に見合った車椅子を作製する必要がある。そのためオーダーメイドが基本となる。手動操作が困難となれば、電動型を導入する。10m駆動20秒が電動移行の目安となるが、病状・生活パターンにより早期導入も検討する。また、手動駆動を補助する簡易型電動車椅子も使用されている。進行例では手指機能も低下するので、コントローラーの工夫も必要となる。さらに、座面・クッションの工夫も快適さを得るために必要である。
C生活環境の工夫
家屋改造(スロープ、段差解消、手すり、トイレ・浴室改造等)、移動用リフト、昇降機、電動ベット、体位変換装置の導入など。
Dコミュニケーション機器
ワープロ、パソコンの導入。入力機器、ソフトの工夫も大きな問題である。
3.合併症の予防
呼吸訓練、排痰訓練なども重要である。肺活量の低下してくる時期に積極的に呼吸訓練を行うことは、将来に起こる呼吸不全に対して有効である。腹式呼吸、深呼吸、発声練習、トリフロー等による訓練、徒手胸郭ストレッチによる胸郭柔軟性の維持、間欠式陽圧呼吸(IPPV)など機器を使った訓練、さらに舌咽呼吸の習得などが有用である。肺活量を維持し呼気流速を維持することで排痰能力(咳をして痰を喀出する力)も保持できる。
4.生活の質(quolity of life:QOL)の向上
単に機能の障害(impairment, disability)だけでなく、それによって引き起こされる社会的不利(handicap)についても考えて行かねばならない。生活環境、教育環境の整備が大切である。
5.機能訓練の意義と問題点
機能訓練により歩行不能になる時期を遅らせることが可能ある。当院でのデータでは、訓練により約2年間歩行可能期間が延長されている。起立・歩行の時期を少しでも長く維持することは、合併症の進行予防の上でも重要である。これは、自立歩行・起立位を維持することで、脊柱変形・側弯の進行を遅らせることが可能なためである。脊柱の変形(側弯)、胸郭変形は、歩行不能・起立不能となってからの進行が著しく、さらに二次的な呼吸機能・心機能の低下を助長するので、これらの進行を遅らせることは、生命予後という点で重要である。
関節可動域(range of motion:ROM)の維持、筋力の維持のために、運動メニューがいろいろ工夫されている。特に足関節の内反尖足の進行で歩行不能となる場合も多く、ROM
訓練、マッサージ、起立台等によりアキレス腱を延長するような訓練が重要である。装具の使用や、場合によっては後述する外科的治療も検討される。
ここで注意しなければならないことは、脳卒中や外傷などは、筋肉自身には障害がないので、訓練をしただけ筋力増強が期待できるが、筋ジスは筋肉自身の病気であるので、運動量が多すぎる(over work)と逆に筋肉の障害を進めてしまう危険がある。ROM訓練もやればいいというものではない。暴力的ストレッチは筋断裂を招く。訓練に当たっては、専門の理学療法士(PT)による定期的な評価、訓練指導を受けることが大切である。翌日に筋肉痛を残すようなら、やりすぎと考えられる。また、風邪で寝込んだ後や長期の外泊の後など急に機能低下が進行することがある。日頃の運動の継続がいかに大切か思い知らされることが多い。
6.筋ジス患者の機能評価における問題点
@筋ジス患者に適した筋力評価の再検討
四肢の関節拘縮、脊柱変形、ごまかし運動のため、一般に使用されるDaniels法をそのまま使用できないのでDaniels法を基本として筋ジス独自の評価法が検討された。ROM制限がある場合は、ROMも段階づけして評価する。規定の検査肢位が取れない場合は、変法を用いる。
A筋ジス患者に適した関節可動域測定法の検討
規定の測定肢位、基本軸・移動軸が取れない、多関節筋の短縮の影響、固定が難しく代償運動 を生じやすいなどの問題がある。
Bその他
ADLの統一した評価表の作成、動作パターン分析の統一した評価基準・評価表の作成、ステージ分類の再検討などが必要である。
2)外科的治療
筋短縮、関節拘縮、脊柱変形等に対する整形外科的治療も行われている。欧米では歩行可能なうちに、予防的に脊柱固定術を行うと効果的との報告がある。アキレス腱延長術、腱移行術、腸脛靱帯切断、側弯矯正術等が症例により行われる。
3)心不全対策
心臓は結局筋肉の固まりであるので、筋ジスの進行に伴って心筋の変性、線維化が進む。このため心臓の収縮力が低下し、血液を十分送り出せなくなり、うっ血性心不全という状態となる。心電図では後下壁を中心とする心筋障害を示すことが多く、心室性期外収縮をはじめとする不整脈もほとんど必発である。強心剤、利尿剤、ACE阻害剤、抗不整脈剤、βブロッカー等が使用される。
4)呼吸不全対策
気管切開による陽圧式人工呼吸が一番確実であるが、初期には夜間のみの使用で済むので、気管切開の必要がない鼻マスク式人工呼吸器(nasal
intermittent positive pressure ventilation: NIPPV)が盛んに使用されている。
1.体外式人工呼吸(chest respirator: CR)
胸部にコルセットあるいはグリッドをかぶせ、さらにポンチョを着せて空気漏れのないようにし、コルセット内の空気を吸い出し陰圧にし、胸郭を広げさせて吸気する方法。装着に手間がかかり、吸気圧・呼吸数の設定が難しい、その割に換気効率は良くない、などの欠点がある。最近では用いられなくなった。
2.鼻マスク式人工呼吸 (nasal intermittent positive pressure ventilation:
NIPPV)
気管切開がいらない人工呼吸法として、筋ジスの分野では全国的に普及している。鼻に当てたマスクから空気を送り込むのだが、初めは慣れないので、日中少しずつ練習し夜間使用できるようにする。夜間きちんと使用できると、日中外せることが多い。ただし、マスクの煩わしさ、圧迫による皮膚潰瘍、胃に空気を飲み込んでしまう、口を開けると空気が漏れる、等の問題点があり工夫が必要である。鼻マスクの他に、鼻と口を覆うマスク、鼻に入れるプラグ、マウスピースなども使用される。口からの呼吸は、mouth
IPPV ということで MIPPV という。鼻からの方法、口からの方法を合わせて、非侵襲的間歇的陽圧呼吸 noninvasive
IPPV と呼ぶ。この略号も NIPPVとなる。
3.気管切開による人工呼吸(Tracheostomy intermittent positive pressure ventilation:TIPPV)
確実な人工呼吸管理を行う上では、気管切開が一番である。痰の吸引も容易。カフにより、誤嚥の防止にも有効。ただし、一般的な問題点として、手術が必要であること、気管に直接気管カニューレを入れるので、清潔操作が必要なこと、定期的なカニューレ交換が必要なこと、気管カニューレの刺激で分泌物が多くなること、吸引が必要なこと、感染症を起こしやすいことなどの問題がある。また、筋ジス固有の問題がある。筋ジスでは脊柱変形、胸郭変形に伴って、気管が変形しており丸くない。そのため、カフに空気をたくさん入れても空気漏れが生じる。(しゃべれるという利点にもつながるが。)そのため換気効率が悪くなる。また長期になるとカフによる圧迫により、気管壁に潰瘍が生じる。筋ジスでは変形のため、より起こりやすい。また、気管の直ぐ上を腕頭動脈が横切っているが、胸郭・脊柱の変形により、脊柱、動脈と胸骨の間に気管が挟まれ、気管潰瘍が深くなると、動脈に達して大出血を起こすことがある。当院でも数例の経験がある。最近は、気管切開のやり方を工夫し出血例はないが、長期となると問題である。
5)排痰の問題
呼吸筋麻痺のため有効な咳ができないこと、咽頭筋麻痺のため分泌物が喉にたまりやすいことなどのため、排痰の問題が生じる。呼吸不全と伴うことも多く、排痰障害が呼吸不全をさらに悪化させる。特に、気道感染で痰量が増加したときが問題である。対策としては、去痰剤投与、ネブライザー、体位排痰(ドレナージ)、タッピング、バイブレーションなどがあるが、自力での排痰が困難な場合は、胸押しして排痰を補助したり、吸引器を使用する必要がある。最近では、排痰補助装置(Mechanical
In-Exsufflator:カフマシーン)というのも試されている。しかし、どうしても痰の排出が難しい時は、窒息防止のため気管切開が必要となる。
6)その他の合併症の予防、治療
1.排便調整
便秘は必発であり、適当な緩下剤の投与が必要。食物線維(10g/日以上)は有効。
2.上腸間膜動脈症候群、急性胃拡張、腸閉塞(イレウス)
やせが進行してくると生じやすい。やせると上腸間膜動脈(SMA)と大動脈・脊椎の間で十二指腸の横行部(第3部〜4部)が挟まれて閉塞してしまう。そのため十二指腸部で通過障害が起こり、胃部拡張・嘔吐などが起こる。嘔吐、腹部膨満に対しては、胃チューブ留置による排液、輸液が必要である。このほか、平滑筋障害の影響からか腸がねじれたり、動きが悪くなったりして、腸閉塞(イレウス)を起こすことがあり、場合によっては外科手術が必要となる。
3.感染症(肺炎)、気胸
喀痰喀出能力の低下、全身的抵抗性の低下、誤嚥などがあり、呼吸器系の感染症を起こしやすい。重症化しやすく、点滴治療を要することが多い。喀痰の増加したときは、吸引をしたり、ネブライザーを使用したりするが、口からの吸引がしにくいときは、のどに吸引チューブを通すための針(トラヘルパーなど)を刺すこともある。窒息状態になったら、気管内挿管が必要であり、慢性的に痰がつまりやすい時は、気管切開を考える必要がある。また、気胸を合併することがあり、胸腔穿刺による脱気や持続吸引が必要なこともある。
4.血栓症:肺梗塞、脳梗塞
最近、筋ジスの突然死の原因として、肺梗塞が注目されている。また脳梗塞の合併も知られ、当院でも数例の経験がある。全身的な血液凝固異常が注目され、研究が進められている。特に心機能低下例は血栓を生じる危険が高いので、血栓を予防するワーファリンという薬も検討される。脱水が誘因になりやすいので、水分管理にも注意を要する。
5.嚥下障害
食事形態の工夫、流動食、栄養補助食品の利用などが大切。障害が強ければ、胃チューブによる経管栄養が必要である。通常は鼻から管を入れる経鼻胃管が一般的だが、胃瘻造設も検討される。最近は、内視鏡的胃瘻増設術が行われている。
6.肥満とやせ
肥満で困っている人もいれば、体重減に悩んでいる人もいる。過度の肥満は、心臓への負担を増し機能低下を助長する。最近の経験から、小学生〜中学生期に急激に肥満が進行した人は、早期に心不全が現れる傾向がある。一方やせは体全体の衰弱の現れであり、急に体重減少がみられるときは、心不全や呼吸不全が進行し、全身状態が低下していることが多い。その患者毎に体重の最低ラインを設定し、食事量のチェック、補食などを行う必要がある。食欲を生むようなメニューの工夫が現実には大事であるが、病院としては努力してはいるものの、難しい問題である。現実的には、食事の不足分は栄養剤による補食などで対応している。
7.アセトン血性嘔吐症
悪心嘔吐、食欲低下とともに、尿ケトン陽性となることがある。筋ジス特有の糖代謝の変化があるものと思われる。治療としては、糖質主体の輸液を尿ケトンが陰性化するまで続ける。輸液には、ビタミンB剤を混注する。
(3)予防的治療
1)遺伝相談のシステム作り
プライバシーの保持、遺伝子バンクの設立、遺伝カウンセラーの必要性
2)保因者診断
@遺伝子診断(女性が異常な遺伝子を持っているかどうか)
A発症していない人に対する遺伝子検査の倫理性の問題
3)出生前診断(妊娠した子が病気か否か)
@羊水細胞培養、絨毛採取(流産の危険)
胎児細胞→性別判定(10週で可能)→女児:妊娠継続
→男児:DNA診断→異常:中絶
母体血中に微量含まれる胎児の有核赤血球のDNAを調べようという試みもある。
A人工妊娠中絶に対する倫理的問題の解決:胎児の権利
病気の子は生まれる権利がないのか? 生まれないことが子の利益と言えるか?
4)着床前診断
体外受精→DNA分析→正常な受精卵を子宮に戻す。
5)遺伝子診断の問題点
@診断後のカウンセリング体制は無いに等しい。
A発症した患者の確定診断のための遺伝子検査と異なり、何ら症状のない人に対する発症
前診断、保因者診断、出生前診断などについての倫理的問題に対する議論は十分でない。
B胎児診断に基づいた人工妊娠中絶の倫理性(法的問題)
C個人の遺伝情報、プライバシーの保護の重要性
優生思想、差別意識の元になる危険がある。(遺伝子差別)
D知る権利、知らない権利
E遺伝子診断の信頼性:遺伝子診断が絶対正しいとは言い切れない。
Fインフォームドコンセント:説明と同意、正しい遺伝知識の啓蒙
(4)遺伝子治療
1)筋芽細胞移植
正常のジストロフィン遺伝子を持つ筋芽細胞をジストロフィンの欠損した病的骨格筋に移植し、細胞融合によってジストロフィンの発現を期待する方法。拒絶反応も問題となる。免疫反応を抑えたmdxマウスの実験で有効性が期待され、免疫抑制剤を併用したDMD児で臨床試験が行われたが、有効性は認められていない。
遺伝子導入を行った筋芽細胞を注入する方法
培養した自分の筋芽細胞にジストロフィン遺伝子を導入し、自家移植する方法。ウイルスベクターを用いて遺伝子を導入する。具体的には、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクターなどが用いられている。しかし、人体での有効性は確認されていない。
2)遺伝子を直接導入する方法
欠損した遺伝子を「運びや」(ベクター:主にウイルスを用いる)を用いて細胞内に運ばせ、発現させる実験が、マウスを使用して行われている。初期の研究では、組み込む遺伝子の大きさに限界があり、ミニ・ジストロフィンの導入に限られた。幼弱な
mdxマウスでは有効であったが、成熟マウスでは免疫反応のため一時的効果のみであった。(わずかなウイルス蛋白が含まれるため)最近は、全長のジストロフィン遺伝子を組み込むことが可能なアデノウイルスベクターが開発された。また、ウイルス蛋白遺伝子を除くことも可能となった。mdxマウスでの効果が確認され、患者での臨床試験が検討されている。その他のウイルスベクターの研究も進んでいる。DMD以外でも、サルコグリカン異常症で遺伝子導入の実験が成功している。
3)ジストロフィン以外の遺伝子の利用
ジストロフィンの代替として細胞内で機能するユートロフィンの発現を増強させる試みもある。ユートロフィン遺伝子導入のmdxマウスでの有効性が確認されている。
4)遺伝子発現の制御
蛋白質合成の過程では、mRNAの3個の塩基配列が1つのアミノ酸に対応してアミノ酸が順次結合し、蛋白質の合成が進む。mRNA上の遺伝子欠失が3の倍数の場合は、欠失部に相当するアミノ酸が欠如するが、欠失部以降のアミノ酸配列は変化ないので、一部のアミノ酸が欠けてはいるが蛋白合成が可能である。Becker型が軽症なのは、このようにして不十分ながらもジストロフィンの合成が進むからである。逆に、欠失部が3の倍数でない場合は、欠失部以降の3塩基の組み合わせが狂ってしまい、アミノ酸の結合が行えなくなり、蛋白合成がストップしてしまう。そこで、ジストロフィン遺伝子のうち、特定のエクソンを人為的にスキップさせて、遺伝子の欠失部の塩基数が3の倍数になるよう操作し、不十分ながらもジストロフィンを発現させようという試みがある。つまり重症のDuchenne型をBecker型にしようとするものである。アンチセンス・オリゴDNAという特殊なDNAを取り込ませることで、エクソン19のスキッピングが可能であることがわかった。エクソン19と20の塩基数をたすとちょうど3の倍数になるので、エクソン20が欠失しているDMD患者に応用すれば、エクソン19をスキップさせることで、遺伝子欠失部の塩基数を3の倍数にすることが可能なので、ジストロフィン発現を誘導することが期待でき、Beckerに変えうるものと期待され、臨床試験の試みが計画されている。
また、遺伝子変異により遺伝子発現がストップされる(premature stop codon)ような場合、アミノグリコシド系抗生物質(ゲンタマイシン)が、遺伝子発現をストップさせない作用を示すことが明らかとなり、mdxマウスに使用したところ、ジストロフィンが発現することが確認された。このような遺伝子変異を示すDMD(DMDの15%程度)には有効性が期待できるのではないかと推測されている。
5.全国の筋ジス医療の現状
昭和39年3月、全国進行性筋萎縮症児親の会(のちの筋ジス協会)が結成され、同年5月、厚生省は進行性筋萎縮症対策要綱を定め、全国の国立療養所に進行性筋萎縮症病棟(筋ジス病棟)を整備する計画を発表した。最初に西多賀、下志津病院に各20床ずつ開設され、当院では昭和42年に開設されている。現在では、全国の国立療養所27施設で、合計2350床が整備されている。
平成6年2月の全国調査では、入院筋ジス患者総数は1578人であった。病型別の内訳は、Duchene型 59%、Becker型5%、筋強直性
14%、肢帯型 12%、顔面肩甲上腕型4%、先天型6%となっており、年毎に入院患者数は減少傾向にある。これは遺伝相談や遺伝子診断が行われるようになり、新規発生が減少したほか、出生率の低下、また日本社会の成長により、障害児、障害者を社会で受け入れる余裕ができ、在宅生活する例が増加したためと推測される。また全身管理の進歩で、患者の延命化が図られており、入院患者の高齢化、重症化が進み、人工呼吸管理を受けている患者の割合は約26%となっている。
一方、同じ調査での外来筋ジス患者(在宅患者)総数は2321人であり、Duchenne型38%(875人)、Becker型9%(214人)、筋強直性16%(379人)、肢帯型12%(268人)、顔面肩甲上腕型6%(143人)、先天型8%(184人)、その他
11%(258人)であった。またこのうち66人(うちDMD患者が52人)が在宅人工呼吸管理を受けていた。さらに在宅DMD患者の60%以上は、将来においても入院はしたくないと希望しており、在宅医療をいかに維持・推進していくかが問題である。このためには、病院に在宅医療支援部門を設置し、専任看護婦、PT、OT、ソーシャルワーカーなどをおくことが必要であり、緊急時用の入院ベットの確保、病院とかかりつけ医(ホームドクター)、市町村、保健所等とのネットワーク作りを行うことが重要である。この問題については、筋ジスに限らず、他の神経難病などにも共通する課題であるが、整備のための人的・経済的問題があまりにも大きく、今後の医療のあり方を根本的に再検討する必要がある。
6. QOL向上のために
(1)Quolity of Life : QOL
客観的QOL 生物レベルのQOL:生命の質
個人レベルのQOL:生活の質
社会レベルのQOL:人生の質
主観的QOL 実存レベルのQOL:体験としての人生の質
*医療の最終目標は病気を治すことではなく、客観的・主観的QOL向上にある。
(2)生物レベルのQOLの向上
身体環境・健康状態と関わる:健康関連QOL
苦痛からの解放→速やかな診断・治療(cure)
(3)個人レベルのQOLの向上
患者の全人的理解(care):良好な医療者・患者関係が基本
生活環境、医療環境の改善・整備:バリアフリーの生活環境
補助具導入:移動機器(車椅子)、環境制御装置、コミュニケーション機器など
潜在能力を引き出す工夫
(4)社会レベルのQOLの向上
社会参加・セルフケア
7.最後に
これまでに種々の治療が試みられてきたが、有効なものはない。ただし心不全・呼吸不全に対する治療・管理は確実に進歩しており、延命が得られているのは間違いない。将来的には、遺伝子治療が根本的治療として期待されるが、臨床応用にはまだしばらくかかりそうである。
現状としては、病気の進行をいかに遅くするか、合併症の発生をいかに予防するか、生じた合併症をいかに治療するかが重要である。特に病初期における機能訓練が進行の予防、合併症の発生予防に重要である。筋肉の短縮による関節拘縮、変形が機能障害を助長するため、その予防のために日常的な機能訓練が重要となる。特に側弯や胸郭の変形が進行すると、心機能・呼吸機能に悪影響を及ぼすため注意が必要である。さらに、進行し起立・歩行が困難になった場合は、車椅子の作成が必要となるが、障害に見合った工夫が必要である。
また進行し入院が必要な段階以前の家庭や地域社会での生活をいかに維持していくかも問題である。家庭での機能訓練、学齢児にあっては学校での運動・訓練が重要である。また在宅医療の推進が叫ばれる昨今にあっては、たとえ機能的に重症であっても在宅生活の保証をしてあげる努力も必要である。筋ジス患者は療養所に入所させ、養護学校に通わせ、医療・生活・教育の場を保証するというこれまでの日本の筋ジス医療システムは世界に例をみないものであり、画期的なものであったことは間違いないが、障害者を社会から安易に隔離してしまったことに対する反省も必要である。障害者に対する社会の見方が変化し、QOL
を尊重する考え方が広まっている。医療的に入院が必要な場合は仕方ないが、生活の援助さえあれば在宅生活、社会生活が可能な場合は、何とか支援体制を作り、生活の保証、QOL
の向上を図らねばならない。このためには地域社会や行政の障害者や病気に対する理解と連携がますます重要であろう。
残念ながら、筋ジスという病気は治せない。しかし病気であるがために、障害があるがために二次的に受ける身体的・社会的不利、ハンディキャップは減らさなければならない。たとえ病気があるにしても、有意義な生活を送ってもらうにはどうしたらよいかを常に考えながら、今後も努力が必要である。そのためには、医療だけでなく、家族の力、社会の力が大切である。