筋ジス患者のQOL向上のために


(1)Quolity of Life : QOL

 Lifeは生命、生活、人生など広い意味を持ち、 QOLという言葉には広い意味がある。「身体的にも、心理的にも、社会的にも、実存的にも満足できる状態。具体的には、身体的苦痛がなく、心理的に安定し、社会環境において十分な役割をなし、生きがいを持った充実した生活を送れること。」ということが大切である。QOL は客観的QOL と主観的QOL に分類され、さらに客観的QOL は3段階に分類される。

  客観的QOL  生物レベルのQOL:生命の質
           個人レベルのQOL:生活の質
           社会レベルのQOL:人生の質
  主観的QOL  実存レベルのQOL:体験としての人生の質

 医療の最終目標は病気を治すことではなく、客観的・主観的QOL 向上にある。

(2)生物レベルのQOLの向上 
 
 身体環境・健康状態と関わる。健康関連QOL ともいう。苦痛からの解放→速やかな診断・治療(cure)が重要となる。

(3)個人レベルのQOLの向上
 
 患者の全人的理解(care)、良好な医療者・患者関係が基本。生活環境、医療環境の改善・整備が重要。バリアフリーの生活環境、移動機器(車椅子)、環境制御装置、コミュニケーション機器などの補助具導入が必要であり、患者の潜在能力を引き出す工夫も重要である。

(4)社会レベルのQOLの向上 (社会参加・セルフケア)

 障害があるとして、生きがいを見つけるには…。マイナスを減らし、プラスを増やす。→結果的に病前よりQOLが向上することもありうる。

(5)医療者としてなるべきこと

1.患者との良好な人間関係をもとに、症状の背後に隠された身体・心理・社会・実存的諸問題を分析する。

2.患者の全人的理解に努め、患者固有の個別性を尊重する。 

3.患者の訴えを聞き、受容し、支持・保証する。:訴えの背後に潜むメッセージを把握する。共感と同情、受容と迎合は異なる。
  
4.チームでアプローチする。各職種の情報交換を行う。家族も治療チームの一員である。
 
5.患者のセルフコントロール能力の向上を目指す。:患者自身が生きることの価値と尊厳を理解し、生きねばならないという倫理的義務感を感じさせるよう導かなければならない。
 
6.筋ジスのような治療困難な疾患にあっては、訓練や補助具によって残存能力を強化したり、利用したりできるよう援助し、社会的不利を軽減してあげなければならない。
 
7.性の問題についてもタブー視せず対処しなければならない。恋愛・自慰行為など問題となる。
 
8.機能・身体的不利(impairment)、能力障害(disability)だけでなく、社会的不利 (handicap)の改善が重要である。 

9.その人の身体状態でなしうる人生の選択の幅を広げてあげることが大切である。:病院という生活環境では、患者の得る情報は限られている。情報を与え、生活環境を整え選択の幅を広げることが大切である。
例:他の人とコミュニケーションをとりたい→ボランティア導入、インターネット、アマチュア無線などいろいろな選択枝があるが、現実はどういう指導者に恵まれるかにかかる。パソコン利用の有用性が指摘されているが、指導者に恵まれないと実現できない。

(6)病気・障害の受容過程(キューブラー・ロス)と対応 
 
1.否認:否認願望を尊重し障害に対して正面から語りあう。

2.怒り:怒りの理由を患者の立場で理解し、共感するよう冷静な対応が重要。周囲の人たちが感情的にならない。

3.取り引き:障害と正面から立ち向かうことを延期する逃避反応であり、意味のない約束にとらわれない。罪責感からの解放。

4.抑うつ:過去の自分との比較からの喪失感、将来への不安など。抑うつの原因をみきわめる。
 
5.受容:障害の存在を認め、あるがままの自分を容認。

6..希望:1〜5の各段階でも希望を持たせることが重要。


(7)QOL向上における学校教育の役割

 生きがいとして自分は何をやりたいか、どうしたいか、人生で選択を迫られたとき、選択するための基礎学力が問題となる。人はなぜ勉強するのか、その答えのひとつは、自分で物事を論理だって考える基礎能力をつけるためと私は考えている。就学期間だけでなく、卒業後も趣味や個性、能力を生かした生活を送れるようにするには、在学中の早い時期から、個々の資質を見いだし伸ばすように、医・教の連携を深める必要がある。現実問題としては、どのような指導者に恵まれるかで決まってしまうが。
 しかし、現実問題としては義務教育の保証すら十分なされているとは言えない。入院の場合は養護学校があるが、在宅を希望する場合、一般の学校での受け入れは困難な場合が多く、市町村の事情による差も大きい。この現実は直視しなければならない。
 また、病院という限られた閉鎖空間で生活する患者は、得られる情報は圧倒的に少ない。生きがいを持つと言っても、その選択肢は限られたものしかない。多くの情報を提供し、その中から自分で選択することができるよう援助することが重要である。

(8)家族のQOL

 在宅生活の場合、日常の介護は家族にゆだねられる。筋ジスに限ったことではないが、
介護者の休養、個人的時間の確保等に配慮し、身体的・精神的に健康に過ごせるような援助が必要である。そのためには、経済的・人的援助の拡充のみならず精神的な援助、周囲の配慮などが重要である。

(9)最後に

 病気のことだけを考えるなら、心不全・呼吸不全の子供たちはベッド上で安静にして寝かせておけばよい。しかしそれではいけない。がまんして寝ていれば将来よくなる病気ではない。病気や障害があるとしても、少しでも生活を拡大し、希望をかなえさせたいというのが私の希望であり、当院筋ジススタッフの共通の認識である。
 不治の病だからこそ積極的な生活をさせたいと考えている。重症者にそんなことをさせていいのかという議論もあろうが、病棟行事、学校行事、外泊など、その患者の病状に切迫した問題がなければ、どんな重症患者でも参加・実施させている。たとえそれが病状に悪影響であったと後日に判断されたとしても、その患者が有意義なひとときをたとえ短時間でも味わえたなら、意味あるものと考えている。ただし基本的約束は守る必要があり、わがままを聞くということではない。