ゲルギエフ・ショック


 学会とか班会議とか、仕事で東京へ行く機会が多い。連泊しなければならないこともあり、夜の慰めに、ときには芸術にも触れようということでコンサートに出かけることにしている。当てもなく「ぴあ」片手に当日券を求めて会場に行くのだが、掘り出し物も多い。
 何年か前の冬、「ぴあ」を見ると、東京芸術劇場でオーケストラのコンサートがあるという。私にとっては聞いたこともないオケだが暇つぶしにはいいかと出かけた。コンサートが始まる。頭が禿げ無精ひげだらけで、ちょうど志村けんの「変なおじさん」によく似た指揮者が出てきた。これがワレリー・ゲルギエフとキーロフ歌劇場管弦楽団との出会いであった。当時私が不勉強なだけで、期待の若手としてヨーロッパでは人気を博していたのである。演奏はすさまじく、まさに緩急自在、「ぶったまげた」としか言い様がなかった。ストラビンスキーの春の祭典と火の鳥全曲演奏という例を見ない曲目でもあり、これまで聞いた実演のなかで記憶に残るコンサートのひとつとなっている。両曲とも私が好きな曲で、若いころからLP、CDでいろんな演奏に接してはいたのだが、実演ということもあってこれまでにない感動を得ることができた。春祭も良かったが、圧巻は火の鳥。通常火の鳥は、コンサートでは組曲版を演奏するのが普通であり、全曲演奏はまれである。タクトを一度も下ろすことなく一気に全曲を演奏し切った。緊張感を維持し続けたオケの技量も相当であった。当日の観客もまた真剣に聴きいり、咳払いする人もいない。蚊の羽音のような弱音から一気にクライマックスへ・・。まさにフルオーケストラの醍醐味である。後でNHK-FMでライブ録音が放送されたようだが聴きそびれた。別の日の演奏であるチャイコフスキーの悲愴を教育テレビで放送したが、これもまた個性ある演奏であった。
 さて平成10年10月、私の住む新潟市に芸術文化会館というコンサートホールがオープンします。アリーナ形式のパイプオルガンを備えた立派な施設です。この開館記念事業の一環として、12月にゲルギエフとキーロフ歌劇場管弦楽団のコンサートが4夜に渡って開催されます。興行として成功するかは別ですが、このプログラムを組んだ主催者のセンスに拍手を送ります。残念ながらすでに出張が決まっており、一部しか聴けそうにないのですが、オール・ロシア物ですので、本場の名演が期待できるものと思います。
 東京や大阪と違って、新潟のような地方都市では、名前にウイーンとかベルリンとかついていると有り難がるのですが、キーロフの名をどれだけ知ってくれているか少し心配しています。芸術の秋、新潟では例年になくコンサート続き。金も暇もない自分が寂しいこの頃です。

1998年9月