4. 筋ジストロフィー研究の進歩


(1)ジストロフィンの発見

 家系調査や細胞遺伝学的研究により、病因遺伝子がX染色体短腕(Xp21)にあることが判明しました。その後、この部位のDNAの塩基配列を1個1個決定した結果、DMDに関係する遺伝子は、79個のエクソン(遺伝子の集まり)が2300-2500kb(遺伝子の長さを表す単位)もの範囲に渡って存在する巨大遺伝子であることが分かり、患者ではこの遺伝子に欠損があることが判明しました。また、1987年、DMD 筋で微量の蛋白質欠損を発見し、この蛋白質をジストロフィンと命名しました。DMD で欠損している遺伝子はこのジストロフィンを作るための遺伝子です。ジストロフィンは筋細胞の細胞膜の支持、安定に関わる重要な構造物で、この欠損により細胞膜が破壊され筋細胞が崩壊することが解明されました。
 その後の研究で、DMDでみられる遺伝子異常は、欠失が60%、重複が10%、点変異などの微小変異が30%であることがわかり、好発部位もあることが解明されています。PCR やサザンブロットという通常の方法での検出率は70%であり、直接シーケンス法での微小変異の検出が試みられています。
 

(2)筋細胞膜蛋白質の解明

 さらに、ジストロフィンの細胞内での存在様式、細胞膜との結合の仕方が解明され、ジストロフィンと結合する細胞膜蛋白群は、ジストロフィン結合蛋白と呼ばれ、個々の役割、病的意義について研究が進みました。これにはジストログリカン複合体(α-DG, β-DG)とサルコグリカン複合体(α,β,γ,δ)などがあります。これらの蛋白質の異常による筋ジスも解明され、サルコグリカン異常症などの新しい疾患概念が生まれました。
 

(3)ジストロフィンと細胞膜との関係の解明

 基底膜−αDG・βDG−ジストロフィン−アクチン という架橋構造が形成されていることが解明され、dystrophin-glycoprotein complex (DGC)と呼ばれています。これにより、基底膜と細胞骨格成分であるアクチンが結合され、筋細胞膜の安定性に重要です。(サルコグリカンはジストログリカンと結合する。)この固定が失われると筋収縮に際して細胞膜が傷つき筋細胞障害が進むことが解明されました。
 

(4)基底膜蛋白質の解明

 ラミニン(メロシン)と呼ばれる蛋白質が知られており、この異常が原因で発症する先天性筋ジストロフィーであるラミニン2欠損症(メロシン欠損症)が解明されました。
 その他、ジストロフィン同様に基底膜と細胞骨格をつなぐ蛋白質であるインテグリンの欠損が原因の先天性筋ジストロフィー(インテグリンα7欠損症)の存在も明らかにされました。
 

(5)その他の蛋白質の異常による筋ジストロフィーの解明

 細胞質内の Ca2+依存性中性プロテアーゼである calpain 3 の異常による筋ジスや、筋細胞膜にある caveolin-3という蛋白質の異常による筋ジスが解明されました。その他、dysferlin、fukutinなどの原因蛋白質も明らかになり、その機能解明が進んでいます。
 これらの様々な構成蛋白質が解明され、その異常による筋ジスが明らかとなり、新たな病型が確立されています。さらに、肢帯型筋ジストロフィーのように、遺伝子異常の部位による再分類がなされています。
 

(6)新しい分類の提唱

 原因蛋白質による分類が提唱されています。
 
  ジストロフィンの異常 :ジストロフィン異常症 dystrophinopathy (DMD/BMD)
  サルコグリカンの異常:サルコグリカン異常症 sarcoglycanopathy
  メロシンの異常    :メロシン異常症 merosinopathy
  カルパインの異常  :カルパイン異常症 calpainopathy
  ディスフェルリンの異常:ディスフェルリン異常症 dysferlinopathy
 

(7)肢帯型筋ジストロフィーの再分類

 肢帯型筋ジストロフィーは、上肢帯、下肢帯優位の筋萎縮を示し、他の病型に分類されない筋ジスを広く包含し、病因的には均一な疾患単位でなく、種々雑多な疾患が含まれていますが、遺伝形式・遺伝子座位の違いから細分化されるようになりました。常染色体優性遺伝形式のものをLGMD1、常染色体劣性遺伝形式のものをLGMD2とし、遺伝子座位が明らかになった順に、A、B、C、D を付けて分類しています。現在までに明らかになっているのは次の通りです。

遺伝形式 略称 遺伝子座位 原因蛋白
常染色体優性遺伝 LGMD1A 5q31 myotilin
LGMD1B 1q11-q21 不明
LGMD1C 3p25 caveolin-3
LGMD1D 7p 不明
LGMD1E 6q23 不明
常染色体劣性遺伝 LGMD2A 15q15.1 calpain 3
LGMD2B 2p13 dysferlin
LGMD2C 13q12 γ-sarcoglycan
LGMD2D 17q21 α-sarcoglycan
LGMD2E 4q12 β-sarcoglycan
LGMD2F 5q33 δ-sarcoglycan
LGMD2G 17q12 telethonin
LGMD2H 9q31-q34.1 不明

(7)福山型筋ジストロフィー(FCMD)研究の進歩

 FCMDは、先天性筋ジストロフィーに脳奇形を伴い、常染色体劣性遺伝で、日本人に特異的に多く、海外の報告は少数です。子供の筋ジスとしては DMD次いで多く、DMDの 1/2〜1/3の頻度と考えられ、保因者は日本人の80〜90人に1人と推計されています。
 第9番染色体長腕31領域に遺伝子座があり、その部位に異常な遺伝子(レトロトランスポゾン)の挿入がみられます。日本人のFCMDはひとりの祖先から由来し、日本人の隔離集団の中で、レトロトランスポゾン挿入福山型染色体が全国に広がったものです。また、レトロトランスポゾン挿入がみられない場合は、点変異による遺伝子異常があります。本来この遺伝子部位が作るべき蛋白質はフクチンと命名されましたが、基底膜に関係するものと推測されますが、その機能は解明されていません。
 

(8)その他の筋ジスの遺伝子座の解明

a.メロシン欠損型先天性筋ジストロフィー(ラミニン2欠損症)

 常染色体劣性遺伝。第6番染色体長腕(6q22)に遺伝子座があります。
 福山型に類似しますが、知能が保たれているのが異なります。

b.エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー
 X染色体劣性遺伝。原因蛋白質はエメリンと命名しました。
 X染色体長腕(Xq28)に遺伝子座があります。

c.顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー
 常染色体優性遺伝。第4番染色体長腕(4q35)に遺伝子座があります。

d.筋強直性ジストロフィー
 常染色体優性遺伝。第19番染色体長腕(19q13.3)に遺伝子座があります。
   MT-PK(myotonin protein kinase)
   CTGリピートの拡大:50〜3000repeat(正常:5〜35)
    : repeatが多いほど発症が早く重症化しやすい傾向があります。

e.三好型遠位型筋ジストロフィー
 常染色体劣性遺伝。第2番染色体短腕(2p13)に遺伝子座があります。原因蛋白をdysferlin と命名しました。LGMD2Bと同じ遺伝子異常によるのが興味深いところです。

f.Rimmed vacuole 型遠位型ミオパチー(Nonaka型)
常染色体劣性遺伝。第9番染色体に遺伝子座があります。

g.眼咽頭型筋ジストロフィー
 常染色体優性遺伝。第14番染色体長腕(14q11.2-q13)に遺伝子座があります。


 このように、長年原因不明といわれた本症の原因が、遺伝子レベルで明らかにされ、その病因はほぼ解明されました。しかし、原因は分かっても根本的な治療に結びつくにはまだ時間が必要です。