(4)あらたなる治療の試み〜遺伝子治療


 DMD での研究をきっかけとして、様々な筋細胞膜及び細胞内・細胞外の蛋白質の構造と役割が明らかにされ、それぞれの蛋白質の異常による筋ジストロフィーが解明されました。さらに、その元となる遺伝子異常が次々に明らかにされてきています。
 このように、筋ジストロフィーの根本原因は遺伝子(DNA)の異常にあり、根本治療は遺伝子治療にほかなりません。一番遺伝子研究が進んでいる DMDを中心に遺伝子治療の試みがなされているので、以下はDMDでの遺伝子治療について記したいと思います。
 さて、DMD での遺伝子治療の最終目標は、全身の骨格筋、心筋におけるジストロフィンの永続的な発現による症状改善です。しかし、巨大な遺伝子であるジストロフィン遺伝子の細胞内導入は実際には難しいです。前段階としては、遺伝子の一部だけでも導入して軽症化を期待したり、一時的な遺伝子発現で一時的効果しかなくても、反復治療することで症状改善を期待したりということが考えられます。マウスでの基礎的研究では、大多数の筋に、正常の20%のジストロフィンを発現させることができれば、臨床効果が期待できるといいます。

(1)筋芽細胞移植

 正常のジストロフィン遺伝子を持つ筋芽細胞をジストロフィンの欠損した病的骨格筋に移植し、細胞融合によってジストロフィンの発現を期待する方法。拒絶反応も問題となります。免疫反応を抑えたmdxマウスの実験で有効性が期待され、免疫抑制剤を併用したDMD児で臨床試験が行われましたが、有効性は認められていません。

遺伝子導入を行った筋芽細胞を注入する方法
 培養した自分の筋芽細胞にジストロフィン遺伝子を導入し、自家移植する方法。ウイルスベクターを用いて遺伝子を導入します。具体的には、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクターなどが用いられています。しかし、人体での有効性は確認されていません。

   
(2)遺伝子治療(細胞内へのジストロフィン遺伝子導入)

 欠損した遺伝子を「運びや」(ベクター:主にウイルスを用いる)を用いて細胞内に運ばせ、発現させる実験が、マウスを使用して行われています。初期の研究では、組み込む遺伝子の大きさに限界があり、ミニ・ジストロフィンの導入に限られました。幼弱な mdxマウスでは有効でしたが、成熟マウスでは免疫反応のため一時的効果のみでした。(わずかなウイルス蛋白が含まれるため)
 最近は、全長のジストロフィン遺伝子を組み込むことが可能なアデノウイルスベクターが開発されました。また、ウイルス蛋白遺伝子を除くことも可能となりました。mdxマウスでの効果が確認され、患者での臨床試験が検討されています。その他のウイルスベクターの研究も進んでいます。DMD以外でも、サルコグリカン異常症で遺伝子導入の実験が成功しています。

(3)ジストロフィン以外の遺伝子の利用

 ジストロフィンの代替として細胞内で機能するユートロフィンの発現を増強させる試みもあります。ユートロフィン遺伝子導入のmdxマウスでの有効性が確認されています。

(4)遺伝子発現の制御

 蛋白質合成の過程では、mRNAの3個の塩基配列が1つのアミノ酸に対応してアミノ酸が順次結合し、蛋白質の合成が進みます。mRNA上の遺伝子欠失が3の倍数の場合は、欠失部に相当するアミノ酸が欠如しますが、欠失部以降のアミノ酸配列は変化ないので、一部のアミノ酸が欠けてはいるものの蛋白合成が可能す。Becker型が軽症なのは、このようにして不十分ながらもジストロフィンの合成が進むからです。逆に、欠失部が3の倍数でない場合は、欠失部以降の3塩基の組み合わせが狂ってしまい、アミノ酸の結合が行えなくなり、蛋白合成がストップしてしまいます。
 そこで、ジストロフィン遺伝子のうち、特定のエクソンを人為的にスキップさせて、遺伝子の欠失部の塩基数が3の倍数になるよう操作し、不十分ながらもジストロフィンを発現させようという試みがあります。つまり重症のDuchenne型をBecker型にしようとするものです。アンチセンス・オリゴDNAという特殊なDNAを取り込ませることで、エクソン19のスキッピングが可能であることがわかりました。エクソン19と20の塩基数をたすとちょうど3の倍数になるので、エクソン20が欠失しているDMD患者に応用すれば、エクソン19をスキップさせることで、遺伝子欠失部の塩基数を3の倍数にすることが可能なので、ジストロフィン発現を誘導することが期待でき、Beckerに変えうるものと期待され、臨床試験の試みが計画されています。
 また、遺伝子変異により遺伝子発現がストップされる(premature stop codon)ような場合、アミノグリコシド系抗生物質(ゲンタマイシン)が、遺伝子発現をストップさせない作用を示すことが明らかとなり、mdxマウスに使用したところ、ジストロフィンが発現することが確認されました。このような遺伝子変異を示すDMD(DMDの15%程度)には有効性が期待できるのではないかと推測されています。

(5)今後の展望

・クローン技術の応用
・骨髄の中胚葉性幹細胞の利用
 ジストロフィン遺伝子を導入した幹細胞を静脈から患者に戻す方法が検討されています。
・遺伝子置換療法
 ジストロフィン遺伝子をそのまま導入するのではなく、遺伝子の変異を書き換えよう(正常遺伝子で置換する)という方法も考えられています。