その他の神経疾患


1.他臓器疾患と関連する神経疾患 (1)甲状腺疾患   甲状腺機能低下症:筋肉症状、末梢神経症状、反射低下、小脳失調、粘液水腫昏睡、     Hoffmann症候群(筋肥大、筋力低下、有痛性筋痙攣、偽ミオトニア)等。   甲状腺機能亢進症:振戦、精神症状、反射亢進、眼球突出性眼筋麻痺、甲状腺中毒     性ミオパチー、周期性四肢麻痺、末梢神経障害等。 (2)副甲状腺疾患   副甲状腺機能低下症:低Ca血症→神経筋の興奮性→テタニー   副甲状腺機能亢進症:高Ca血症→筋力低下、萎縮、易疲労性 (3)糖尿病   糖尿病性昏睡:ケトアシドーシス、非ケトン性高浸透圧性昏睡   末梢神経障害(糖尿病性ニューロパチー (4)低血糖   意識障害 (5)肝疾患   肝性脳症:意識障害、羽ばたき振戦   肝性ミエロパチー (6)全身性エリテマトーデス SLE   痙攣、精神症状を主とする神経症状は75%にみられる。 (7)サルコイドーシス   中枢神経、末梢神経とも障害される。顔面神経麻痺や視神経障害など脳底部での多   発性神経麻痺をきたしやすい。 (8)結節性多発動脈炎 polyatreritis nodosa: PN 血管炎に伴い虚血性の中枢神経障害、末梢神経障害を起こす。末梢神経では神経の   栄養血管の閉塞による単神経炎、多発性単神経炎の形を取る。 (9)Rye症候群   上気道感染に引き続いて肝・腎障害、急性脳症示す。アスピリン製剤との関連あり。 (10)尿毒症、血液透析に関連する神経症状   尿毒症性脳症:意識障害、痙攣、脳神経症状等。   振戦、ミオクローヌス、筋痙攣、透析痴呆(アルミニウム蓄積)、不均衡症候群、   手根管症候群(アミロイド沈着)、むずむず足症候群 restless legs syndrome (11)後天性免疫不全症候群 acquired immunodeficiency syndrome:AIDS   human immunodeficiency virus: HIV感染によって起こる免疫不全に関連して、神経系にも   免疫不全に基づく日和見感染悪性腫瘍の発生がみられる。ウイルス感染では、サイトメ   ガロウイルス脳炎、単純ヘルペス脳炎、帯状ヘルペス、進行性多巣性白質脳症(PML)、   非ウイルス性では、トキソプラズマ、クリプトコッカス、マイコバクテリウム、カンジダ   などの感染が多い。腫瘍としては悪性リンパ腫が多い。その他これとは別に、進行性の痴   呆を呈することがあり、AIDS痴呆症候群(HIV脳症)と呼ばれている。 2.栄養欠乏性疾患 (1)Wernicke脳症   ビタミンB1の欠乏による。アルコール症に多いが、最近ではビタミンの入らない点滴治   療を受けた例での発症も多くなっている。乳頭体、視床、視床下部、中脳水道周辺、第4   脳室底、小脳虫部に対称性に壊死性病変。眼筋麻痺、眼振、運動失調等呈する。ビタミン   投与で改善。 (2)ビタミン欠乏性末梢神経障害   ビタミンB1欠乏で軸索変性を主とする末梢神経障害が起こる。アルコール症の他、イン   スタント食品の多食でも起こる。 (3)亜急性連合性脊髄変性症   ビタミンB12の欠乏による。脊髄後索・側索、大脳白質、末梢神経等が障害される。 (4)その他   ニコチン酸欠乏:ペラグラ   ビタミンB6欠乏性末梢神経障害   ビタミンE欠乏性運動失調症 3.中毒性疾患 (1)金属中毒    鉛中毒:末梢神経障害が多い。垂れ手、垂れ足が有名。    マンガン中毒:淡蒼球、被殻、尾状核の変性→パーキンソニズム、ジストニア    タリウム中毒:中枢神経、末梢神経とも障害される。脱毛、皮膚症状等呈する。    ヒ素中毒:急性中毒では腹痛、悪心・嘔吐、下痢→頻脈、意識障害、痙攣、多発神経炎。      慢性中毒では、食欲不振、やせ、肝・腎障害、皮膚症状、多発神経炎等。    有機水銀中毒:Hunter-Russell症候群、水俣病。視野狭窄、難聴、末梢神経障害、小脳失      調、知能低下等。 (2)有機溶剤中毒    メチルアルコール中毒:眼症状、意識障害    n-ヘキサン中毒:末梢神経、脊髄後索の軸索変性。    トルエン中毒:小脳失調、精神症状、錐体路障害等。いわゆるシンナー中毒 (3)薬物、化学物質中毒    クロラムフェニコール:視神経炎、末梢神経障害    キノホルム:スモン subacute myelo-optico-neuropathy: SMON    フェニトイン:小脳変性    カルモフール:白質脳症    イソニアジド(INH):末梢神経障害    ビンクリスチン:末梢神経障害    向精神薬:パーキンソン症状、ジスキネジア    ステロイド:筋障害(ステロイド・ミオパチー)    シアン化合物(青酸カリ等):意識障害、痙攣、呼吸停止、心停止。自・他殺目的。 (4)農薬中毒    有機リン中毒:シナプス、神経筋接合部でのコリンエステラーゼの阻害によりアセチルコ      リンが蓄積して中毒症状を起こす。縮瞳、意識障害、対光反射消失、全身痙攣、肺水      腫等。遅発性に末梢神経障害起こす。アトロピン、PAMで治療。      附:サリン中毒も同様の機序。 (5)一酸化炭素中毒    急性の意識障害から回復した後、精神症状、パーキンソン症状、錐体路症状、失語・失行・    失認等を示す。急性期から回復して無症状になった2〜3ヶ月後に再発症することがある。    両側淡蒼球の壊死、大脳のびまん性脱髄病変などが特徴。 (6)細菌性中毒    破傷風:破傷風菌の毒素により、筋硬直、痙攣発作を起こす。開口障害(咬痙:trismus)、        背筋硬直(弓なり緊張:opisthotonus)、特異な顔貌(痙笑)、不穏・興奮、呼吸困難    ボツリヌス中毒:ボツリヌス菌の毒素による。神経末端からのアセチルコリン放出障害。    ジフテリア:末梢神経障害 (7)ふぐ中毒    ふぐ毒(テトロドトキシン)による。しびれ、呼吸筋麻痺起こす。 4.代謝異常による神経疾患 (1)白質ジストロフィー    副腎白質ジストロフィー adrenoleukodystrophy: ALD      X染色体劣性遺伝。極長鎖飽和脂肪酸の代謝障害。中枢神経系(特に頭頂後頭葉)の      脱髄を起こす。精神症状、痙性麻痺等の神経症状の他、副腎不全を伴う。      痙性対麻痺、深部・表在知覚障害などを主とするものをadrenomyeloneuropathyと呼ぶ。    Krabbe病      Galactocerebrosidase、psychosin分解酵素の欠損によりgalactocerebrosideやpsychosine が脳内のoligodendrogliaに蓄積し、脱髄性障害を起こす。末梢神経も障害される。    異染性白質ジストロフィーmetachromatic leukodystrophy: MLD      arylsulfatase Aの欠損。白質の脱髄による神経症状、末梢神経障害を起こす。    Pelizaeus-Merzbacher病      遺伝性の髄鞘形成不全を示す。 (2)脂質代謝障害    GM1 gangliosidosis:β-galactosidase欠損    GM2 gangliosidosis:Tay-Sachs病:β-hexosominidase A欠損              Sandhoff病:β-hexosominidase A、Bの欠損    Nieman-Pick病:sphingomyelinase欠損    Fabry病:α-galactosidase欠損    Bassen-Kornzweig病:β-lipoprotein欠損による腸管の脂質吸収障害    Refsum病:phytan酸分解酵素欠損 (3)ムコ多糖症    Hurler症候群:デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸の尿中増加。 (4)アミノ酸代謝異常    フェニルケトン尿症 (5)家族性アミロイドポリニューロパチー FAP    常染色体優性遺伝。末梢神経、自律神経にアミロイドが沈着する。末梢神経障害、    自律神経障害を起こす。末梢神経変性疾患の項を参照 (6)ポルフィリン症    常染色体優性遺伝。ヘモグロビン等のヘム蛋白の合成系中の酵素活性の低下により、    ポルフィリンあるいはポルフィリン前駆体が蓄積する。δ-アミノレブリン酸合成酵素、    ポルホビリノーゲン(PBG)が体内に異常蓄積する。消化器症状、神経症状、精神症状、    自律神経症状等を示す。薬品、ストレス、感染等により急性発症することがある。 5.その他の脊髄疾患 (1)脊髄血管障害    前脊髄動脈症候群:運動麻痺、温痛覚は障害されるが深部覚は保たれる。 (2)頸椎症、後縦靱帯骨化症、椎間板ヘルニア    脊髄の圧迫性障害:myelopathy 神経根の圧迫性障害:radiculopathy (3)HTLV-1 associated myelopathy: HAM    成人T細胞白血病ウイルス1型のキャリアに発生する慢性の脊髄炎。南九州に多い。    外国ではカリブ海沿岸に同様の疾患がありtropical spastic paraparesis: TSPと呼ばれ    ている。ウイルス感染は母子感染、輸血による。感染後10年以上してから発症。胸髄が    障害され、痙性対麻痺、膀胱障害、感覚障害を呈する。血液・髄液でのHTLV-1抗体価の    上昇がある。プレドニゾロン、インターフェロン等で治療。 6.その他の末梢神経障害 (1)多発神経炎(多発ニューロパチー)polyneuropathy    毒物、栄養障害、代謝障害等による。四肢末梢優位の運動麻痺、感覚障害(靴下型    の障害分布)が特徴。 (2)ギラン・バレー症候群 Guillain-Barre syndrome: GBS    上気道感染、下痢を前駆症状とし、下肢遠位部より筋力低下が進行し、さらに上肢に及    ぶ弛緩性麻痺を起こす。重症例では脳神経麻痺、呼吸筋麻痺を起こす。髄液では細胞数    は正常だが蛋白が上昇する。(蛋白細胞解離)神経伝導速度は低下し、伝導ブロックを    生じる。治療としては血漿交換が有効。ほとんどは自然に改善し、後遺症なく回復する    が、一部に回復の良くない重症型(軸索障害型)がある。神経細胞膜の糖脂質に対する    坑体(抗ガングリオシド坑体)が上昇する。感染での免疫的機序が神経を障害するらし    い。特にグラム陰性桿菌で感染性下痢の病原体であるCampylobacter jejuniが注目され    ている。細菌の膜の糖脂質と神経細胞膜の糖脂質が類似しており、細菌に対して作られ    た抗体が神経細胞を攻撃して障害を与えるのではないかと推測されている。治療は血漿    交換が有効。ステロイドは無効。 (3)慢性炎症性脱髄性多発根神経炎 CIDP    再発性の脱髄性神経炎。ステロイド、免疫抑制剤、血漿交換などが有効。抗ガングリオ    シド坑体の上昇がみられる。      附:multifocal motor neuropathy with conduction block      CIDPの亜型。運動神経の脱髄に基づく多巣性伝導ブロックが特徴。緩徐進行性の非      対称性の筋萎縮・筋力低下を示し、上肢に初発することが多い。ALSに似た症状な      ので鑑別が重要。免疫抑制剤やγグロブリン大量療法が有効。抗GM1坑体の上昇が      特異的。 (4)Fisher症候群   全眼筋麻痺、運動失調、腱反射消失を特徴とする。呼吸器感染が先行することが多   い。GBSと類似した病態。抗GQ1b坑体の上昇がある。 (5)Crow-Fukase症候群   色素異常、剛毛、浮腫、免疫グロブリン異常などを伴う慢性多発神経炎。 (6)単神経麻痺:ひとつだけの神経の麻痺    球後視神経炎:視力低下、中心暗点。多発性硬化症の経過中に多い。    動眼神経麻痺:眼瞼下垂、複視、瞳孔散大。動脈瘤、腫瘍等による圧迫による。    顔面神経麻痺:Bell麻痺:特発性(原因不明)の末梢性顔面神経麻痺             感染や寒風に吹かれたりが誘因になることがあるが、原因不明。             突然顔面筋が麻痺する。顔がゆがみ、閉眼できなかったり口が閉じ             れず、食物がこぼれやすかったりする。           Ramsay-Hunt症候群:帯状疱疹後の顔面神経麻痺      附:顔面痙攣facial spasm:根部での血管による圧迫により顔面神経が刺激され、                 顔面筋が痙攣する→手術で圧迫を解除する    橈骨神経麻痺:垂れ手をきたす。上腕部での圧迫によることが多い。            Saturday night palsy, honey moon palsyなどとも呼ばれる。           恋人を自分の腕を枕にして寝かせたら圧迫により翌朝手が麻痺していた           というもの。    正中神経麻痺:手根管症候群 carpal tunnnel syndrome           手首部での圧迫。中年女性に多い。手掌のしびれ、母指球筋の萎縮等。      附:このような圧迫による神経障害を絞扼性神経障害entrapment neuropathyと呼ぶ。    尺骨神経麻痺:肘管症候群 cubital tunnel syndrome           肘関節部での圧迫・損傷による。    外側大腿皮神経:異常感覚性大腿痛 meralgia paresthetica    総腓骨神経麻痺:垂れ足。膝下部外側面での外傷、圧迫によることが多い。    脛骨神経麻痺:足根管症候群 tarsal tunnnel syndrome (7)神経痛 neuralgia    三叉神経痛    舌咽神経痛    後頭神経痛    肋間神経痛    坐骨神経痛 (8)帯状ヘルペス神経炎    脊髄後根神経節や脳神経節(三叉神経節が多い)に感染・炎症を起こし、支配領域    に有痛性発疹を生じる。 (9)らい性ニューロパチー (10)癌性ニューロパチー (11)神経痛性筋萎縮症 neuralgic amyotrophy 肩甲・上腕に神経痛様の激痛とともに筋萎縮、麻痺が起こる。 (12)その他    Isaacs症候群(neuromyotonia)、stiffman症候群 7.その他の筋疾患   周期性四肢麻痺 periodic paralysis 一過性の弛緩性麻痺を反復する。麻痺は通常半日〜1日。血清K値の変化から、    低K性、高K性、正K性に分類する。低K性が多く、甲状腺機能亢進症に合併する    ものが多い。体動とその後の休息、糖質過量摂取が誘因となる。 8.てんかん   ニューロンの過剰発射に由来する反復性の発作性神経症状。痙攣のほか意識障害、   精神・情動障害、自律神経障害など多彩な症状を出しうる。明らかな原因があるもの   は症候性てんかんと呼び、原因のないものを本態性(真性)てんかんと呼ぶ。   全汎てんかん generaraized seizure:両側半球性の異常発射     強直・間代発作 tonic-clonic seizure(大発作grand mal     欠伸発作 absence(小発作petit mal):短時間(数秒)の意識消失     ミオクローヌス発作mioclonic seizure     脱力発作 atonic seizure   部分てんかんpartial seizure:一側脳の異常発射(二次的に両側性になることがる。)     単純部分発作 simple partial seizure        Jackson発作:発作が体の一部から順次拡大     複雑部分発作 complex partial seizure:意識障害を伴う発作。        自動症automatismを伴うものもある。     二次性全汎化てんかん secondary generarized seizure 9.頭痛 急性頭痛:くも膜下出血、脳出血、急性硬膜下出血など   亜急性頭痛:脳腫瘍、髄膜炎、慢性硬膜下出血、側頭動脈炎など   慢性頭痛:      片頭痛migrain         古典型片頭痛:前兆(閃輝暗点)→半側の拍動性頭痛。                女>男、遺伝素因。                血管収縮→拡張による。セロトニンが関係。         普通型片頭痛:前兆がない         複雑型片頭痛:片麻痺型片頭痛、眼筋麻痺型片頭痛、脳底動脈型片頭痛         群発頭痛:男>女。一側眼の奥の激しい拍動痛、               Honer症候群伴うことあり      緊張型頭痛 tension headache(筋収縮性頭痛 muscle contruction headache) 頭痛で最多。後頭部〜側頭部の絞扼性・持続性の鈍痛、頭重感。         ストレスが誘因。肩凝り多し。 10.めまい   メニエール病 Meniere disease     突発性めまい発作(回転性めまい)、耳鳴り、進行性難聴を示す。   前庭神経炎 vestiblar neuronitis     感染症状に続いて強いめまいを起こす。頭位変換時に多い。耳鳴りや難聴はない。   突発性難聴 paroxysmal deafness     突発的に難聴・耳鳴り、めまいも伴う。   良性発作性頭位変換性めまい benign paroxysmal positioning vertigo     頭を動かしたときに瞬間的にめまいがするもの。30秒以内におさまる。 11.その他   過換気症候群(過呼吸症候群) hyperventilation syndrome     神経質な女性に多い。本人としては無意識の過換気によって、血中の二酸化炭素が     低下し、血管運動中枢の抑制による血圧低下、脳血流低下等を起こす。具体的には     不安、動悸、呼吸促迫、四肢しびれ、胸痛などを訴え、ひどければ痙攣やテタニー     をきたす。治療としては、不安感をなくすようにさせ、紙袋(ビニール袋)を口に     当てさせて呼吸させる。炭酸ガスを多く含んだ呼気を再呼吸させて血中の二酸化炭     素を増やしてやる。   自律神経失調症     あいまいな病名として、安易に、また便利に使用されている。多彩な自律神経症状     を呈するが明らかな器質的疾患のない状態を指すが、実際は、のぼせ、ふらつき、     動悸、などいわゆる不定愁訴を訴える患者に対して、当たり障りのない病名として     用いている。多くは精神的不安、ストレスや更年期などのホルモン異常に伴うこと     が多い。自律神経が失調する原因が当然あるわけであるから、それを明らかにする     ことが大切である。狭義に解釈するなら、全く原因のはっきりしないものに限定す     べきだが、臨床の場では神経症や心身症との区別ははっきりしない。     しかし、これは学問的問題であり、患者さんにとっては神経症と呼ばれるより、自     律神経失調症と呼ばれた方が納得するし、うれしいもののようである。