病変の主座はクモ膜下腔である。ウイルス、細菌、真菌などの病原体はクモ膜下腔
を満たす髄液を介して広がり、脊髄や神経根を含んだ広範な炎症を起こす。ただし
結核や梅毒などではクモ膜下腔の一部(特に脳底部)に限局して慢性の炎症を起こ
しやすい。
1)共通の症状
髄膜刺激症状 meningeal signs
頭痛、感覚刺激に過敏、項部硬直(頸が堅い、前屈しにくい)
Kernig徴候(仰臥位で股関節屈曲位とし膝関節を伸ばそうとしても伸ばせない)
全身性炎症症状:発熱、炎症反応(血沈亢進、CRP上昇、白血球増多)
意識障害、けいれん
脳神経症状:外眼筋麻痺、顔面神経麻痺、難聴、視力障害など
水頭症:クモ膜下腔、Luschka孔Magendie孔の閉塞による髄液流のブロック
髄液の細胞増多、蛋白増加、髄液圧上昇
細菌性:多核白血球主体で数千〜数万/mm3にも及ぶ。(髄液が白濁)
ウイルス性:リンパ球
真菌性、結核性:リンパ球主体
2)診断
経過、臨床症状、検査所見(特に髄液検査が重要)、髄液の培養検査、CT、
ウイルス抗体価など。
3)治療
病原体に対応した抗生物質、抗ウイルス剤、抗真菌剤等を十分量使用する。
4)各論
急性化膿性髄膜炎 acute purulent meningitis
年齢により起炎菌の差がある。
成人:肺炎球菌、髄膜炎菌
小児:インフルエンザ菌、肺炎球菌
新生児:大腸菌、連鎖球菌
髄膜炎菌によるもので、ショック症状(血圧低下)、皮下出血斑
→ Waterhaus-Friedrichsen症候群
高熱、激しい頭痛、意識障害、脳圧亢進症状などを示す。炎症反応が高度。
髄液:膿性混濁、多核白血球増多が高度、糖低下、蛋白上昇、圧上昇。
早期に抗生剤治療する。死亡率10%。
急性無菌性髄膜炎 acute aseptic meningitis
ウイルス性髄膜炎:コクサッキー、エコー、ムンプスなど。
意識正常で髄膜刺激症状以外の神経症状がなく、炎症反応が軽度。
髄液:リンパ球優位の細胞増多があり、糖濃度正常。
ウイルス抗体価が急性期と慢性期で4倍異常の上昇があれば有意である。
特別な治療なしに自然寛解することが多い。
無菌性髄膜反応:検査や治療のためクモ膜下腔に入れられた異物や薬剤
に対する反応や、周辺の炎症に対する反応で病原体による炎症ではない。
亜急性髄膜炎(2−3週かけて徐々に進行)
結核性髄膜炎 tuberculous meningitis
肺結核などの結核病巣からの血行性感染。
脳底部の炎症(脳底髄膜炎)→脳神経麻痺生じやすい。
クモ膜下腔のフィブリン形成による強い線維化
→クモ膜下腔の髄液流障害
→水頭症、脳圧亢進きたしやすい。
血管炎を伴いやすい→多発性の小脳梗塞
髄液:リンパ球主体の細胞増多、糖・Clが低下、フィブリン析出
培養は時間かかる。結核菌のDNA診断可能。
疑わしいときは確定診断を待たずに抗結核薬を投与する。
真菌性髄膜炎 mycotic meningitis
クリプトコッカス性髄膜炎が多い。
(他にカンジダ、アスペルギールス、ムコールなど)
髄液:リンパ球主体の細胞増多、蛋白増加、糖低下、菌体の証明(墨汁法)
腫瘍性髄膜炎(癌性髄膜炎)
感染症ではないが参考までに記載する。
癌細胞や白血病細胞がクモ膜下腔に浸潤したもの。発熱は目立たない。
消化器癌(胃癌)、肺癌、乳癌、白血病、悪性リンパ腫で起こりやすい。
髄液:リンパ球主体の細胞増多、腫瘍細胞を認める。
2.脳炎 encephalitis
日本脳炎 Japanese encephalitis
日本脳炎ウイルス:コガタアカイエカが媒介。夏〜初秋に発症。30人以下/年。
発熱、頭痛、意識障害、痙攣、錐体外路症状、
血液・髄液のウイルス抗体価上昇。
嗜眠性脳炎、エコノモ脳炎 Economo encephalitis
嗜眠(ウトウト眠る)、眼筋麻痺、Parkinson症候群など呈する。
1918年頃を中心に流行がみられた。
単純ヘルペス脳炎 herpes simplex encephalitis
単純ヘルペスI型ウイルス、年間200〜300人/日本
上気道感染に続いて嗅神経経由、血行性に脳に及ぶ。側頭葉を中心とする
病巣。
発熱、髄膜刺激症状、意識障害、痙攣、精神症状、ウイルス抗体価上昇。
致死率は60〜70%に及ぶので、疑いがあったら確定診断を待たずに直ちに
抗ウイルス剤(アシクロビル、ビダラビン)を投与することが重要。
脳圧降下剤も併用。
狂犬病性脳脊髄炎 rabies encephalomyelitis
日本ではほとんどなし。犬に噛まれた既往、恐水発作。
インフルエンザ脳炎・脳症
インフルエンザ罹患とともに急性の意識障害、けいれんなどの脳症状を示すもの。
中枢神経でのインフルエンザウイルス感染がある脳炎のほかに、中枢神経での
インフルエンザウイルス感染がなくても脳症状を示す場合があり、これはインフル
エンザ脳症として区別している。
3.レトロウイルス感染症
HTLV-1 associated myelopathy: HAM
T細胞白血病ウイルス1型による脊髄炎→痙性対麻痺、膀胱障害、感覚障害
九州・沖縄に患者が多い。輸血歴と関連。ステロイド有効。
髄液・血清でHTLV-1坑体が陽性。
Acqired immunodeficiency syndrome: AIDS(後天性免疫不全症候群)
免疫不全による日和見感染によって、様々な感染症を引き起こすが、
AIDSウイルスによる直接の障害も起こる。
神経系HIV-1感染症:HIV脳症(AIDS痴呆症候群)、
急性・慢性炎症性脱髄性多発神経炎など。
日和見感染症(単純ヘルペス脳炎、進行性多巣性白質脳症、サイトメガロウイルス
感染症、トキソプラズマ脳炎、クリプトコッカス髄膜炎、神経梅毒など)を合併。
4.遅発性ウイルス感染症 slow virus infection
感染後数年してから発症。一旦発症すると進行性で死に至る。
亜急性硬化性全脳炎 subacute sclerosing panencephalitis: SSPE
麻疹ウイルスが原因、100万人に一人、麻疹にかかって数年してから発症
(3〜18歳)
精神症状、知能低下→ミオクローヌス、痙攣、弓なり緊張→大脳機能喪失
麻疹ウイルス抗体価が著明に上昇。
インターフェロン等が試みられているが治療困難である。
進行性多巣性白質脳症 progressive multifocal leukoencephalopathy: PML
パポバウイルス、JCウイルス、SV40
悪性腫瘍、AIDSなど免疫力の低下した人に発症する。
大脳白質の多発性(多巣性)の脱髄巣が特徴。
5.プリオン病
伝染性海綿状脳症 transmissible spongiform encephalopathy
プリオン病:プリオン蛋白(Prion)による感染症
Kuru
ニューギニアの高地の食人の習慣のあるFore族に多発。
食人をやめたらなくなった。
クロイツフェルド・ヤコブ病 Creutzfeldt-Jakob disease: CJD
痴呆、錐体路症状、錐体外路症状、ミオクローヌスを主症状とする。
精神症状で発症→錐体外路症状、ミオクローヌス
→数ヶ月〜2年で死に至る。
中高年に多い。100万人に1人。
特有の脳波所見(周期性同期生発作波: PSD)
脳は萎縮しスポンジ状になる。血液や髄液を介して感染。
通常の消毒薬は無効。
医原性クロイツフェルド・ヤコブ病
ヒト硬膜移植手術、血液製剤、ヒト由来成長ホルモンによる感染が社会
問題となった。
狂牛病(牛海綿状脳症)
1986年頃からイギリスの牛に流行。この病気の牛の肉、乳製品の摂取
でCJDと類似の症状(異型クロイツフェルド・ヤコブ病:通常のCJDより
若年発症で経過が遅い)
羊のスクレイピーが牛に感染したものらしい。
スクレイピー Scrapie
羊の病気。日本でも発生あり。
Gerstmann-Strausler-Scheinker病
遺伝性の海綿状脳症。CJDより緩徐な経過。
6.脳膿瘍 brain abscess
急性ないし慢性の化膿性感染に引き続いて脳内に膿が貯留したもの。中耳、副鼻腔、
頭蓋骨の炎症の波及、頭蓋骨骨折に伴う感染、体の他の部位よりの血行性感染によ
る。病原体は細菌主体だが、真菌、寄生虫などもある。
抗生剤投与と脳圧降下剤のほか、穿刺・排膿、ドレナージなどが行われる。
7.神経梅毒 neurosyphilis
梅毒スピロヘータによる。梅毒感染の約20%に発症。
梅毒感染の数ヶ月〜20数年後に種々の中枢神経症状が起こる。
梅毒感染→局所に隆起性結節(第1期梅毒)
→血行性に全身の皮膚・粘膜に皮疹(第2期梅毒)
→20〜25%の患者で数ヶ月〜数年の潜伏期を経て神経症状を呈する。
(第3期梅毒)
無症候型神経梅毒
無症状だが髄液の梅毒反応陽性、リンパ球増多、蛋白増加あり。
髄膜血管型神経梅毒
主病変が髄膜炎(髄膜刺激症状、膿圧亢進、脳神経麻痺)や血管炎(血栓、
脳梗塞)のもの。局所性に肉芽組織(ゴム腫)を形成するものもある。
実質型神経梅毒
進行麻痺 progressive palsy
大脳皮質、皮質下を侵す。精神症状、痴呆が進行。
脊髄癆 tabes dorsalis
脊髄後根、後索の変性が主体。四肢電撃痛、異常知覚、深部感覚
障害、腱反射消失、運動失調、Romberg徴候(閉眼すると動揺)、
排尿障害
有名な症候:Argyll Robertson瞳孔
対光反射消失、輻輳反射正常
8.ポリオ(急性灰白髄炎) acute poliomyelitis
ポリオウイルスの経口感染。
脊髄前角細胞(運動神経二次ニューロン)を選択的に障害。
発熱、下痢、嘔吐等の消化器感染症状に続いて下肢、上肢の局所性非対称性の
弛緩性麻痺をきたす。
9.その他
急性小脳炎 acute cerebellar ataxia
ウイルス感染やワクチン接種後に発症する急性の小脳性運動失調。
15歳以下の小児にみられる。
ウイルスとしては、水痘、風疹、エコー、コクサッキーなど。
帯状ヘルペス(帯状疱疹)herpes zoster
脊髄後根神経節や脳神経節(三叉神経節が多い)に感染・炎症を起こし、支配
領域に有痛性発疹を生じる。胸髄レベルが最も多い。(50%)
小児期に初発感染したときは水痘として発症するが、その後神経節、神経根に
長期潜伏していたウイルスが成人期になって再活性化されると、潜伏していた
神経の支配領域の皮膚に水疱性皮疹を呈する。これが帯状疱疹である。
治療としては抗ウイルス薬(アシクロビル)が用いられる。
ツツガムシ病 tsutsugamushi disease
ツツガムシを媒介とするリケッチャ感染。新潟・秋田の河川流域に多い。
髄膜脳炎を呈する。
高度の頭痛、発熱、発疹、リンパ節腫脹などを示し、皮膚に刺し口を認める。
検査では白血球減少、CRP上昇、肝機能障害など。
テトラサイクリン系の抗生剤が有効。
日本紅斑熱
マダニを媒介とするリケッチャ感染。房総・四国・南九州太平洋岸にみられる。
頭痛、高熱、発疹などを示す。
破傷風
破傷風菌の感染による。菌が産生する菌体外毒素により、1〜2日の不定な
前駆症状のあと、開口障害、嚥下障害、構音障害、歩行障害などのを1〜3日
間呈し(onset time)、その後2〜3週間のけいれん期に入る。
自律神経症状も伴い、血圧・脈拍が変動する。Onset timeが短いほど重症である。
ボツリヌス中毒
菌そのものではなく、ボツリヌス菌が作った毒素による食中毒。
神経筋接合部、アセチルコリン作動性神経のシナプスの伝達障害を起こし、
脳神経や四肢の麻痺症状、自律神経症状を呈す。
ライム病
マダニが媒介するボレリア感染。神経系の症状は15%にみられる。
髄膜脳炎、神経根炎、脳神経障害、横断性脊髄炎などを示し、髄液ではリンパ球
主体の細胞増多。
Weil病
ネズミで媒介されるレプトスピラ感染。高熱、黄疸、出血、蛋白尿などを示すが、
50〜80%で無菌性髄膜炎を起こす。
脳マラリア
マラリア原虫による。熱帯熱マラリアの1〜2%に脳マラリアを発症。
トキソプラズマ
ネコの糞便等から感染。
妊娠中に感染すると先天性トキソプラズマ症を発症。
その他、AIDSなどの免疫不全者では髄膜脳炎を呈する。
日本住血吸虫
脳内に肉芽腫形成することがある。
らい(ハンセン氏病)
皮膚のほか末梢神経を侵す。
参考:ギラン・バレー症候群
感染症そのものではないが、発症が感染に関係するので記載しておく。
上気道炎や下痢などのウイルス感染、細菌感染に引き続いて運動優位の末梢神経
障害を来す。重症例は麻痺が全身に及び、人工呼吸管理を要する例もある。
血漿交換や免疫グロブリン大量療法が有効。